One’s Way[ワンズウェイ]のブログでは、里山暮らしのあれこれを綴ります。ヘンリー・ デイヴィッド・ソロー の影響を受け、エシカルな暮らしを追求中。薪ストーブを暮らしの核とし、菜園、ガーデニング、サイクリング、ランニングなどを楽しんでします。

■ マインドセットを変えてくれる薪 by T2019/12/12

薪とのおつきあい
「ある問題が生じた時、既存のマインドセット(価値観)を変えないで、その問題を解決することはできない。」

これはアインシュタインの言葉です。

例えば地球温暖化という問題があります。地球温暖化の原因は二酸化炭素などの温室効果ガスの増大です。だからといって石油や石炭といった化石燃料にかわる代替エネルギーを模索するだけでは、アインシュタイン的には問題解決にならないということでしょうか。

アインシュタイン的にマインドセットを変えるということは、今の自分を変える、すなわち今の生活そのものを見直す必要があると僕は考えます。今常識と感じている便利さや刹那的快楽を再検討する必要があると考えます。

燃料としての薪だって、今の生活レベルを変えないで皆がドンドン消費し続ければ、二酸化炭素量は増大し、たとえ樹木が再生可能エネルギーだとしても一瞬のうちに里山はハゲ山と化すでしょう。里山は再生不能の絶滅危惧種になります。

ただし、薪の場合は優れた点があります。それは薪を燃やす前に、薪を作る段階で熱エネルギーが発生する点です。冬の寒い日、室内で薪ストーブで暖まらなくても、外で薪割りしているだけで身体が暖まります。その分薪消費が抑制されます。また、薪ストーブは自動で燃料が注入されたり、サーモスタット機能や自動タイマー機能は皆無です。早朝は少々寒くても起きて薪を運び、灰取りし、点火し、火が大きくなれば時々薪を追加する必要があります。つまり自分の身体を常時動かさねばならないということです。人によってはそれを不便と言うかも知れません。でも一方でそれを、自らの身体を動かし熱エネルギーを発生させる優れた暖房手段と考える人もいます。要は暖まることが重要な目的なのです。

何故暖まる必要があるのか? それは生きるためです。寒いと生存できないからです。生きることが究極の目的です。一方、不便は生存を脅かしません。不便さは生きる目的に叶っていません。

ともあれ、日々薪とお付き合いすることによって、僕のマインドセットはずいぶん変わりました。

■ 白侘助開花 by T2019/12/11

白侘助

雪の無い冬晴れが続いています。地球温暖化が確実に進行しています。
複雑な思いで、今年最後の「里山の塩」作りをしました。

今回の里山の塩は、年末の餅つき用と来年2月の味噌作り用です。
燃料は、今年延長したデッキの木工事で生じた木端が中心で、普通はゴミとなる資源を有効活用しました。

塩作りの最中は、ずっと塩窯に付きっきりになる必要はありません。朝食を食べたりコーヒーを飲んだり、庭の雪囲い作業をしたりして、時々薪をくべに塩窯のところへ行きます。

写真は開花した白侘助。ちょうど雪囲いの時期に重なるので窮屈に感じているかも。

■ コミュニケーションの齟齬 by M2019/12/10

弱肉強食
世の中はコミュニケーションの齟齬にあふれているように感じます。質問の意図とは敢えてずらした回答、本意を隠した回りくどい言い回し。

何のためにそのようになるのでしょうか?
保身、見栄、自信のなさetc. 様々な要因が考えられます。その結果、信頼を失うのは目に見えているのに…。その場を凌げばOKということなのでしょうか?ヒトは忘れる生物だから、忙しくて以前のとには構っていられないから。

世の中ではコミュニケーションの大切さが叫ばれていますが、そもそもコミュニケーションとはどのようなもので、何が目的なのか、そこを抜きには語れないのではないでしょうか。

個人レベルでのコミュニケーションの貧しさが、この国のコミュニケーションレベルを規定しているように思います。

まずは身近なコミュニケーションから考え直してみたいです。

■ 運転免許の無い幸せ by T2019/12/09

冷え込んだ朝
先日ラジオを聴いていたら、こんなお便りが読まれた。

「我が家では両親も誰も運転免許を持っておらず、私が免許を取得して我が家に初めてクルマがやって来た時は皆大興奮でした。中でも一番喜んでくれたのは今は亡きお婆ちゃん。私はそんなお婆ちゃんを時々ドライブに連れ出し、紅葉を見に行ったりたくさんドライブしました。」

地方都市はクルマが無いと不便で生活できないとよく耳にする。でもそれはクルマが無いと誰も助けてくれる人がいない寂しい人生だと自ら明言しているようなもの。いつから地方人はボッチになってしまったのか?地方は世代同居家族が多いにも関わらず!クルマを運転できなくても家族で助け合えば良いじゃない。その方がクルマを運転できるよりも遥かに幸せな人生。

不便と不幸は全く別の概念。無いことを嘆くばかりより、無いことのおかげで得られるモノがある。今回の場合は家族への思いやり。

「無理しなくても必要な時はいつでもクルマを出すから」と、高齢の母にはっきり言おうと思った。

■ しめ縄作り by T2019/12/08

手作りのしめ縄

生まれて初めて、しめ縄を作りました(金山コミュニティーセンター主催)。

コミュニティーセンター(旧金山公民館)では、かれこれ30年以上しめ縄作り教室を開催してきたそうです。

講師はやがて90歳になられるお爺さん。生徒は主に70歳前後の面々。54歳の僕が最年少。参加者は15名ほどでした。

とても貴重で有難い行事です。まだまだ上手に出来ませんが、自分で作るところに意味が宿ると納得させながら楽しく参加しました。教室を継承し世話して下さった方々に感謝しています。

年末は餅を搗き、里山から榊を頂き、しめ縄をして、新たな年を迎えようと思います。

そういえば地元の由緒ある櫛田神社の初詣では、私達金山里山の会で伐り出した薪を篝火に使用します。

僕は生まれた時から日本国籍保持者ではありますがそれは自分の努力で得たものではありません。今回のしめ縄作りを通じて、少しは自ら日本人に近づけたかな?

■ 薪ストーブ料理三昧 by M2019/12/07

薪ストーブ料理
昨日は富山で初雪が観測され、薪ストーブの面目躍如の一日となりました。

朝、夫がストーブに火を入れてから一日中、炊き続けたのは今シーズン初めて。この日とばかりに私は薪ストーブ料理を楽しみました。

その1 鳥モモ肉のポトフ
鳥モモ肉、人参、玉ねぎ、ジャガイモを適当な大きさに切り鍋に入れます。月桂樹の葉と水を加え、塩のみで味付けをして、鍋をストーブトップに置いておくだけ。素材の旨味が染み込んだポトフに食が進みました。

その2 キャベツと豚バラ肉の蒸し煮
キャベツと豚バラ肉を大振りに切り分けます。鉄鍋に並べ、塩胡椒で味付けをして、少なめの水を加え、蓋をしてストーブトップに置くだけ。キャベツの食感とトロトロになった豚バラ肉との相性は抜群でした!

日中はポトフと蒸し煮の匂いがリビングに立ち込む中で溜まった雑事を片付け。外の寒さとは無縁の室内は薪ストーブならでは。薪ストーブのない冬の生活を考えられませんね。

■ 中村哲さんの講演会 by T2019/12/06

2本の柳
我が家の庭の遣水(やりみず)沿いに二本の柳の木が植わっています。

時は2010年6月17日に遡ります。富山県射水市(旧小杉町)にて、中村哲さんの講演会が催されました。(主催 : 中村哲さんの話を聞く会 代表 土井由三)

「百の診療所よりも一本の用水路を」2003年から6年の歳月をかけて、全長26キロの用水路を拓いた中村哲医師の、アフガニスタンにおける26年間の現地報告会でした。

僕は妻と一緒に参加しました。射水市に移り住んで間もない知人も参加しました。僕の記憶が間違っていなければ歌手の加藤登紀子さんもお忍びで参加しておられました。

用水の堤防を強化するために柳の木を植えましたと、中村さんは話されました。正直言って、僕はアフガニスタンの話そっちのけで、柳で水辺を締めることに興味を持ちました。そして講演会の翌年、庭を流れる遣水沿いの、石畑池を借景とするポイントに、二本の柳の苗を植えました。

今になって思うと、大変貴重な話をして下さった中村哲さんと、講演会を開いて下さった射水市(旧小杉町)の有志方々に、心から感謝申し上げる次第です。

2019年12月4日、中村哲さんが亡くなりました。報道ニュースに中村さんが拓いた用水路が映っていました。かつて砂漠だった所が緑の見事なオアシスに!

中村哲さん逝くも 山河蘇り

中村哲さんのご冥福をお祈り申し上げます。

■ 最もひどい貧困とは by T2019/12/05

自家製パン

The most terrible poverty is loneliness, and the feeling of being unloved.
(最もひどい貧困とは、孤独であり、愛されていないという思いなのです。)

これはマザーテレサの言葉です。どれだけお金が集まってきても、誰も親しく集まって来てくれない人は最貧者だということです。確かにその通りだと僕も思います。

しかし、だからといってお金持ちが常に孤独で寂しい者だとマザーテレサは言っているわけではありません。お金を稼ぎ自立することは決して悪いことではありませんし、そもそもお金は悪ではありません。

一秒たりとも孤独になることに恐怖を感じ、常に人と群れたがり、常にSNSで絆を確認し、一方で何事も自分で判断できず、常に集団の判断に左右され、皆んなが持っているから自分も買わなきゃと、流行に乗り遅れないようにお金を消費して、自分が搾取されているとは想像も出来ず、結果金銭的にも貧困になり、加えて自分の世界が無い人間ということで魅力に欠け、金の切れ目が縁の切れ目の如く、周囲から人が次々と去って行ってしまった人。これが僕の考える最もひどい貧困者のイメージです。

ある人が言っていました。「群れる人間は知性を失う」と。ツアー団体旅行で大騒ぎする集団、居酒屋で馬鹿騒ぎする集団、不良企業組織がガバナンスを失うのも知性を失った群れる人間なのかも。それにイジメも集団圧力。

時にはひとり静かに内省し、人生を理性的に考え、未来に知性を働かせることのできる人間、そんな人間には自ずと財も人望も集まるような気がします。そんな人間に僕もなりたいな。

■ ヒートショックとインフルエンザ by T2019/12/04

全館暖房
富山県民は、家の大きさを豊かさの象徴としてきました。
しかし、その大きさが重荷になってきているように僕は考えます。

例えば暖房。広い廊下のある大きな家で全館暖房なんて到底不可能。精々リビングダイニングのみを暖房し、一歩廊下に出ると真冬の寒さ。トイレに行くのにも勇気が必要な始末。ヒートショックのリスクが高まっています。寝室も冷え切ってパジャマに着替えるのも苦痛。布団も湿って重く感じられます。

思わず、真冬の薪小屋にテントウムシが越冬している光景を思い出します。それは数十匹のテントウムシ達が薪の間で皆身を寄せ合って動かずジッと固まっている光景です。それはあたかも大きな家の中の隅っこだけを暖房し、皆身を寄せ合って越冬してる人間にシンクロします。

大きな家なのに狭い空間だけ閉め切って暖房し身を寄せ合うから、誰かがインフルエンザウイルスを持ち込めば皆感染という事態。何のための大きな家なのでしょうか?

僕は考えます。小さな家を全館暖房する方が健康的で経済的であることを。小さな家なのに広々自由に動き回ることができて豊かであることを。

小さな家の中心にある一台の大型薪ストーブが全ての空間を暖める。一階では薪ストーブの遠赤外線を受けディナーを楽しんでいる最中にも、常に暖気は二階ロフト寝室を暖める。電気毛布など無くても羽毛布団はドライでポカポカ軽くなっているというわけです。こんな小さな家の暮らしは最高だと僕は思うんですけど・・。

皆さんどう思いますか?

■ 12月における進化 by T2019/12/03

タイヤ交換完了

暖冬、雪の有無に関わらず、12月に入ったら即タイヤ交換をすることに決めています。これは個人的ルールの一つ。自分自身との契約において決めておかないと、僕はズルズル先延ばしするから。そうなんです。僕は面倒くさ性分だからです。

知人の中には、早くスタッドレスタイヤに交換すると摩耗して勿体無いという人も存在します。僕は勿体無いとは思いません。消耗品としてのタイヤは使用しなくても時間と共に劣化しますから。使用して新品に新陳代謝するのがよろしいと考えています。タイヤは大事にして長持ちさせるジャンルのものではありません。

さて、今回のタイヤ交換は今までとは大きく進化しました。今春、ガレージのコンクリート土間打ちが成されたので、悪天候の中でも作業可能となったのです。前回までは屋根付きガレージではありましたが砂利敷でした。砂利の上だとジャッキアップした際タイヤがズレて危険なため作業できませんでした。よって晴れた日に別の場所で行っていました。

家を建てて18年が経過し、今後上下水道の配管位置変更も無いだろうということでコンクリート土間打ちを行いました。それによってガレージが車庫兼作業スペースに進化しました。

進化したのはタイヤ交換作業だけではありません。これで12月末の餅つきも、気持ち良くスムーズに行うことができるでしょう。楽しみです。