One’s Way[ワンズウェイ]のブログでは、里山暮らしのあれこれを綴ります。ヘンリー・ デイヴィッド・ソロー の影響を受け、エシカルな暮らしを追求中。薪ストーブを暮らしの核とし、菜園、ガーデニング、サイクリング、ランニングなどを楽しんでします。

■ ROMANのファーストラン、今年は千里浜へ by M2017/04/01

フレームビルダー、ROMAN上野さん
今朝は、ROMANのファーストランのご案内です。

これまで30年以上、ROMANのファーストランといえば能登島が定番でした。私も結婚当初に夫に伴って1度参加しました。能登島のアップダウンには閉口しましたが、バイク好きにはたまらないロケーションだったと思います。

そのROMANのファーストラン、今年はコースが変更になったようです。夫はすでに申し込み用紙を取り寄せていました。私はいつも通り、お留守番です。

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期日:4月16日(日)
氷見⇔千里浜(片道30km程)のサイクリング
申込〆切: 4月9日(日)
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詳しくは、ROMANのサイトでご確認ください!
http://www.cycle-roman.com

また、ROMAN店主、上野茂さんについては、こちらもごらんください!
http://www.ne.jp/asahi/ones/way/recommend.html#rec_roman


今日はエイプリルフールですが、この記事は嘘ではありませんので…

■ 素敵なフライヤーが本郷仁さんから届きました! by M2017/04/01

本郷仁さんの展覧会フライヤーです!
おしゃれな「春のグリーティング切手」が貼られた郵便物が届きました。透明な封筒の中には、JIN HONGO「視線の幾何学 光の修辞学」のフライヤーが入っていました。発電所の内部らしき空間に置かれたガラス造形。反射と映り込みの繰り返しによる実像と虚像空間。

以前からこの春に入善町の発電所美術館で個展を開催されることは伺っていたのですが、新年度が始まるこのタイミングで案内が送られてきました。エイプリルフールですが、嘘の案内ではないことは確かです。

鏡を素材とした本郷さんの作品は、作品が置かれた空間によって見えかた、感じ方が変わります。発電所美術館という特殊な空間で観る本郷さんの作品に何を見ることができるか、あるいは何を感じることができるか、今から楽しみです。

詳細は、入善町下山芸術の森発電所美術館のサイトをご確認ください。
https://www.town.nyuzen.toyama.jp/cosmo/event/hongo.html

また、本郷仁さんについてはこちらをご覧ください。
http://www.ne.jp/asahi/ones/way/recommend.html#rec_hongo

■ 「薪焚き人の会」は毎月第1日曜日です by M2017/04/02

今日はそのまま…
今日は4月の「薪焚き人の会」でした。

朝から慌ただしい半日が始まりました。早朝5時、毎朝私が眠りについているうちに夫は薪ストーブに火を入れてくれます。5時半、家が少し暖まったところで私は起床。今日は、金山地域のクリーン作戦の日でもありました。午前6時から7時の間に地域内の道路周辺のゴミを拾う活動です。

いつもは二人で参加するのですが、今日は夫だけが参加しました。私はその間に朝食の準備です。昨晩焼いたパン、干し白菜とコーンのスープ、大根とレーズンのサラダにチーズ入りオムレツとトマトジュース。いつもの休日はさらにシリアルがつくのですが、あいにく切らしていました。

我が家の食事はワンパターンです。休日の朝は上記のメニューの卵料理とサラダの材料、スープの具材が変わるくらいでほぼいつも同じです。月に1度くらいの頻度でホットケーキを食べることもあります。

朝食の後、コーヒーと一緒にヨーグルトを食べ、夫は「薪焚き人の会」の準備です。チェーンソー他、山へ入る道具を車に積みます。私はその間、朝食の後片付けをしました。

午前7時30分ごろ夫は出かけました。その直後に市内に住む親戚のおじさん(と言っても80歳)から電話が…。
「薪いつものところに置いておくね。」
そのおじさんは年に数回、軽トラック一杯の薪を持ってきてくださるのです。ありがたいです。

電話の後、おじさんへのお土産用に「里山の塩」をビンに詰め(ラベルを切らしていたので印刷もしました)、夕食用に鶏モモ肉の煮込みカレー風味を作り、夫からのリクエストでレーサージャージ(自転車用パンツ)のウエストのゴムを取り替え、ニット製のベストを洗濯etc.…あっという間に10時を過ぎました。

おじさんが薪を持ってきてくださって一緒に軽トラから薪を下ろしました。80歳のおじ(い)さんに
「仕事やめて家にいて寂しくない?何もすることなかったら、ボケるよ!」と痴呆の心配をしていただきました。幸いにも、私には料理やお菓子作り、ウエブサイトやブログの更新に日々勤しんでいるので、時間を持て余すことはありません。おじさんには「今の所、それは大丈夫です。時間を持て余すことはないので!」と答えました。

その後、外へ出て庭の雑草取りをしました。今日のターゲットは実家からもらった木々の根についてきたリュウキンカとイネ科の雑草です。オオイヌノフグリとナズナはグランドカバーとしてもう少し楽しみたいと思い、今日はそっとしておきました。

道路に面した箇所の草取りをしているところへ、近所のおじさんが軽トラでやってきました。私のすぐそばに停車し「ジャガイモ食べる?」と。私「いただきます!」芽が出始めていたので早く処分されたかったようです。GOODタイミングで草取りをしていたおかげでジャガイモを2袋GET!

そうこうしているうちに夫が薪を積んだ軽トラで帰宅。薪下ろしを手伝い、夫は片付け。私は昼食の準備に取り掛かりました。朝起きてから7時間の間に余りにもたくさんのことがあり、頭のCPUはフル回転。今日はこの後はのんびりしようっと。おっと、何もしないとボケるかも…。

■ 薪が薪を呼んでくれました by T2017/04/02

薪が薪を呼ぶ
今日は4月第1日曜日なので薪焚き人の会の活動日でした。朝8時に金山里山の会の作業場に集合。6名集まりました。

快晴の中、原木切り出しの山に入り作業開始。チルホールというワイヤーで幹を引っ張る道具を使い、直径20から30cmのコナラを引導しながら6本伐採しました。

山に入る主目的は薪の原木を調達するためですが、休憩時に薪ストーブに関する情報交換ができるのも有り難いです。薪ストーブは経験の蓄積がとても重要です。これだけ知っていれば合格といったテキストが有るわけではありません。自分が経験していないことを教えてもらえるのは何よりの財産です。皆さん工夫したり試行錯誤をしています。それが楽しい。薪ストーブは本当に奥が深いと思います。

正午前、作業を終え原木を軽トラックに積んで帰宅してみると、何と今日切り出した原木と同じくらいの量の薪原木がファームに置いてあるではありませんか!僕が山に入っている間に知人が薪にどうぞと搬入して下さったと妻が話してくれました。妻はその知人にちゃんと「里山の塩」を返礼してくれていました。ちなみにその知人には時々伐採した竹も頂いています。本当に有り難いことです。

一日にして今日の薪収穫が2倍の量になりました。

■ 昨日の夕食は濱元丈二さんの器で by M2017/04/03

「加積窯」濱元丈二さんの作品でいただく夕ご飯
昨晩は、濱元丈二さんの器で食事をしました。休日はパンとチーズを肴にワインを飲むことが多いのですが、昨日は久しぶりに日本酒を嗜みました。

濱元丈二さんと私たちとの出会いは今から2年前に遡ります。夫の学生時代の後輩(滑川市在住)から、ソロービアンの陶芸家として紹介を受けたのはさらに遡ること2年前でした。忙しさにかまけてそのままになっていたのですが、一念発起、2015年の5月GW明けに滑川の濱元さんの元を訪れました。濱元さんが創られた素朴な作品と作品に込められた真摯な想いに感銘を受け、2015年11月の「One’s Way ーそれぞれのあたりまえー」への協力をその場でお願いしました。濱元さんには「今の時代、One’s Wayのような場所と時間が大切ですね」と言って快諾してくださったのです。

濱元さんは鹿児島県種子島生まれで、地元の高校を卒業後、唐津「隆太窯」中里隆氏に師事されたそうです。8年間師事された後、新宿柿傳「角筈(つのはず)窯」に入社され、茶懐石の器を学び、都内百貨店等で個展を開催されていました。ご縁があり富山県滑川市に移住され、「加積窯」を開窯されました。そして2015年6月、ご高齢になられたお母様の介護のため種子島に帰郷されたのです。

私たちは「加積窯」最後の作品を何点か購入させていただきました。絵唐津、朝鮮唐津、三島、粉引、唐津焼の代表的な手法で焼かれた器は、器自身を楽しめるとともにいつもの料理がちょっと高級になった気にさせてくれます。

※ 濱元丈二さんについては、One’s Way ーそれぞれのあたりまえーもご覧ください。
http://www.ne.jp/asahi/ones/way/recommend.html#rec_kazumi

■ "SUN HOUSE" by T2017/04/03

往年のブルーズマン"SON HOUSE"
往年のブルーズマンであるサン・ハウスのスペルはSON HOUSE。でもタイトル名は
SUN HOUSE。

僕の住んでいる富山県は年間を通じてスッキリ快晴という日は少ないのが現状だ。さらにこの時季は晴れても春霞か黄砂か、はたまたスギ花粉なのか視界がぼやけていることが多い。

僕はこんな富山の霞んだ風景が好きだ。ヴィヴィッドな色彩が落ち着き、代わって深みと渋みが増した風景。それは不条理を謳い飛ばすブルーズが聴こえてくるような風景だ。

僕にとってブルーズを奏でる手段は楽器ではなく自転車を走らせること。僕の走らせる自転車はSSバイク。変速機を装備しない、つまりギア比が一つのシングル固定ギアバイクだ。それは現在巷に溢れているカーボンロードバイクが生まれる以前のクロモリバイクであり、競走用自転車の原点ともいえるスチールバイク。それはまた姑息な変速機を使用することは卑怯であるといった古風なスポーツマンシップの残骸とも成れの果てともいえる代物。

話は変わって音楽の話。容易に爆音排出を可能にしたエレクトリックギターが発明される以前は、リゾネイトギターといってアクースティックギターに金属の反響板を取り付けたギターがあった。限られた条件の中で少しでも大きな音を表出しようと努力していた時代が確かにあった。その努力は音を大きくする涙ぐましい成果とは別に、一方で独特な味のある音を結果的に作り出してしまった。かつてサン・ハウスはこのリゾネイターを演奏しながら本当に渋いブルーズを聴かせてくれた。

実はサン・ハウスのリゾネイターをイメージして僕はSSバイクを組んだ。小さなフロントバッグを装備して走るSSバイクの姿は、僕にしてみればさながら黎明期のツールドフランスに挑んだコンペティション自転車を彷彿させる。(あくまで僕にしてみればである。)

時間を逆戻りさせることは誰にもできない。しかし古拙なSSバイクの存在感とは、そんな歴史の不可逆性を別の視点から捉えなおしたともいうべき存在感だ。時間を直線ではなく曲線として捉えたような存在感。歴史という時間を新旧順序としてではなく、蓄積された歴史時間の質量から産み出される重力とも言うべき存在感。

昨今の最新ロードバイクは競走用自転車を直線的に進化させているようで、実は重力に引っ張られながらもその中心の周りを回っている衛星的存在に過ぎないのかもしれない。

■ それでも私は芝生を手入れする by T2017/04/04

春眠中の芝生
我が家の芝生は高麗芝なので、冬場は枯れます。そしてゴールデンウィーク頃に復活します。だから現在はまだ春眠を貪っていますが、その隙間を突いてイネ科の草やロゼッタ状の雑草たちが既にグングン伸びてきています。早起きは三文の得。

芝生の周りの雑木林が成長してきたので木陰が年々広くなり、代わって芝生の生長が弱まり雑草が進入しやすくなってきているのでしょう。年々芝生が後退してしています。
これは想定の範囲内でした。いずれ芝生は完全に消滅し、雑木林の下にはコケが敷かれる事になると。

返景深林に入り 復た照らす青苔の上  

鹿柴に囲まれた庭の中に、王維の詩の世界が聞こえてくれば、それも一興。

どうせ消滅する芝生ならば手入れすることを止めればよいのに。時間と労力の無駄でしょう。確かにそうかもしれません。でもそんなことを言ったならば、どうせ死ぬんだから生きることを止めればいいのに。どんなにがんばったって無駄でしょう、というのと同じです。

もし明日、世界が消滅するとしても、私は今日林檎の木を植える。 マルティン・ルター

芝生の中の雑草を抜いたり、エアレーションしたり、芝刈りしたり、そんな芝生手入れの繰り返しそのものが、芝生を残すこと自体よりも僕にとって楽しいのです。

芝生の復讐。僕って偏執狂かな?

■ 今朝の収穫物は、原木椎茸&芹 by M2017/04/04

「清明(せいめい)」の朝の収穫物
今日は24節季の「清明(せいめい)」
清浄明潔の略といわれ、南東風が吹く春のよい季節で、草木の芽がでる頃ということだそうです。清明の日の朝、庭に出て遣水(やりみず)に自生する芹と原木についた椎茸を収穫!早速、朝ごはんの一品にしました。

平日の朝ごはんもワンパターンです。
ご飯とお味噌汁、納豆と卵料理に焼き魚、プラス常備菜がつく程度です。ほぼ、このパターンの繰り返しで、たまにお弁当の残りが加わることもあります。

そこで今日の卵料理を椎茸と芹の卵とじにしました。残っていた麺汁を出汁に5mmほどにスライスした椎茸を入れて火を通し、芹を加えて溶いた卵を流して、蓋をして卵が固まるまで2・3分煮て出来上がり。あっという間に一品できました。

庭を眺めながら春の香り満載の朝食をいただいていると、「清明」の通り南東から弱い風が吹く中、柳の芽吹きが進み、雉の雄が隣の空き地を歩いていました。

今日も良い1日でありますように!

■ 1年前の4月5日、3度目のアイルランドに向けて出発 by M2017/04/05

目下に北アルプス
丁度1年前の今日、私たちはアイルランドに向けて旅立ちました。

1995年の夏、2005年の秋に続いて3度目の訪問となります。偶然にも夫の年齢が30歳、40歳の時にアイルランドを旅行したので、3度目は50歳のうちに実現したく、というより、行けなければ一生後悔すると思いました。

その当時の私の職場は、長期の休みを取れるような雰囲気がなかったため2015年中の渡航は叶わず、契約期間の満了を機会に去年の3月末で私は仕事を辞め、4月5日の出発となったわけです。1965年の5月生まれの夫はギリギリ50歳でした。

1度目の旅行について夫が書いた文章を以前ブログの記事にしました。
http://onesway.asablo.jp/blog/2017/03/26/8421647
これは、自転車雑誌ニューサイクリングに2013年に掲載されたものです。2度目の旅行について書いた文章も近々ブログにアップしたいと思っています。

写真は富山から羽田へ向かう飛行機からの眺めです。北アルプスを目下に眺めながら南東に向かっています。機材のトラブルで出発が遅れ、羽田で乗り継ぎが不安になりましたが、結果的には1時間の遅れで済み問題なく乗り継げました。1年前の丁度今頃、富山空港を飛び立ったはずです。

初めての羽田空港国際線を利用しての渡航はとても快適でした。フランクフルト経由のANA便を利用したのですが、搭乗ロビーで作家の村上春樹さんを目撃したことも思い出になっています。同じ便に乗り込まれ、business classのシートに座っていらっしゃいました。

仕事を辞めてまで行く価値のあった旅だったと確信しています。アイルランドでお会いしたかった方に会えましたし、北アイルランドへも足を踏み入れることができました。20年前には考えられなかったことです。

今もラジオからは、北朝鮮からの弾道ミサイルの発射を告げるニュースが流れています。20年後には地球全体に平和が訪れ、国境を意識せずに世界中を旅できる状況になっていることを願います。国にしろ組織にしろ個人にしろ、過去の歴史、それも多くの事実の中から恣意的に抽出された歴史から現在の行動を規定することが多いような気がします。逆に望むべき未来の姿から現在の行動を規定する視点を持てば、行動が変わるような気がしますが、どうなのでしょうね。

■ bue-dueのキッチンワゴン by M2017/04/05

bue-due製作のキッチンワゴン
我が家にはbue-due製作の家具や木製小物がいくつかあります。写真のキッチンワゴンもその一つ。

入居当初から10数年はスチール製の組み立て式ワゴンを使っていました。キャスターが壊れたため、2014年に使い勝手がよいものをリクエストしました。幅、長さ、高さ、キャスター、すべて完璧です。「毎日使うものだから、ストレスなく使える」ことが大切だということに気づかされた作品でした。

bue-dueさんの家具の特徴の一つは、以前からそこにあったかのようなデザインにあると思います。程よいバランスというものは、よほど意識しないと感じ取ることができません。空気のようなものです。

自己主張しない家具は、あたかもbue-dueの代表であるたまちゃんそのものとも言えるような気がします。存在に秘めた力を感じます。

たまちゃんは、広島県因島生まれです。1983年、モーターバイクで北海道への向かう途中にKAKI(富山市粟巣野の家具工房)に立ちより、ツーリングを終えた足で再びKAKIを訪れ、そのまま粟巣野に住み、柿谷誠氏より家具作りを学ばれました。1989年には、英国を5週間、現地で購入したバイクで旅し、何世代にも渡って使用されている木製家具を実体験したと聞いています。そして、2005年に八尾町(現富山市)桐谷にて「bue-due」を設立されました。

夫とたまちゃんとの出会いは1986年に遡ります。1986年から10年間、KAKI主催の自転車レースKAKIカップが粟巣野周辺で開催されました。夫は第1回大会に出場したことをきっかけにKAKIを知り、KAKIのライフスタイルに影響を受けました。結婚を機にKAKIの家具を購入し始め、たまちゃんにはKAKI時代からずっと家具を作ってもらっています。

ですから30年以上のお付き合いとなるわけです。たまちゃんと出会っていなかったら、今の暮らしは違ったものになっていたと思います。運命的な出会いは後になって気づくのかもしれません。