One’s Way[ワンズウェイ]のブログでは、里山暮らしのあれこれを綴ります。ヘンリー・ デイヴィッド・ソロー の影響を受け、エシカルな暮らしを追求中。薪ストーブを暮らしの核とし、菜園、ガーデニング、サイクリング、ランニングなどを楽しんでします。

■ 成長を実感! by M2017/12/10

木登りできるまでに!
今日の午後、2組の来客がありました。まず、金山里山の会の会長さんがお見えになり、お茶を飲んでいただいて話をしているところに、砺波在住のKさんがお子様づれでおいでになりました。

Kさんは我が家の記事を2007年1月に発行されたとやま@ホームでご覧になり、連絡をいただいたことがきっかけで知り合いました。その後、我が家同様、天野一男さん設計で住宅を建てられました。その後もお付き合いが続いています。農業を営んでいらっしゃるので、春には玉ねぎを秋には大豆をいただきました。

さて、今日は用事が済んでお庭を見たいということで外へ出たら、お子様3人が我が家の樹木に登りだしたのです。写真の左手前にあるトチノキとその右奥に見えるクリの木です。最初は恐る恐る、夫の手を借りながら登っていた4年生の男の子、降りては登りを繰り返してコツを掴んだのでしょう、最後には木の3分の2ほどの高さまで登っていました。

6年生の女の子は最初から大きめのトチノキに挑戦。さすがお姉ちゃん、手足の長さを活かしてぐんぐんと登っていきます。

お姉ちゃんとお兄ちゃんに触発されて3歳の女の子も「登りたい!抱っこ!」とお母さんに催促。3人とも木登りをしました。

私たちが成長を実感したのは「樹木」。移植当初は細くて小さく、まさか木登りができる木になるとは想像もできませんでした。今日は子ども達が木に登るのを見て感無量。

Kさんはハラハラしながらもお子様の成長を実感されていたでしょうか…。

■ 氷のベール by M2017/12/09

今朝の冷え込みは12月とは思えません。霜が降り辺り一面真っ白です。原木椎茸の表面が薄く氷に覆われていました。表面がツヤツヤした椎茸を見るのは初めててです。

凍った椎茸

写真は庭に降りた霜です。苔、トチノキの落ち葉、芝生、敷石など、白く朝日に輝いています。

苔を覆う霜

トチノキの落ち葉にも

冷え込んだ朝はより薪ストーブの威力を実感できます。今は家に入って、ぬくぬくと記事を書いています。


■ 訳がわからない! by M2017/12/08

アサブロランキング61位!
昨日のアサブロアクセスランキングは61位でした。ログインして驚きの叫びをあげました。何故なら、最近、200番台後半が続いていたからです。

11月上旬に突如、初めて100位以内90位にランキングして以来、100番台後半から200番台をうろうろ、最近は200番台後半の順位の日が続いていました。

ブログは続けることが大切と聞いていたので、内容はともかく、続けることを優先してブログを書いて来ました。5月24日以来1日も休まずアップし続けました。その成果だったのだとしたら嬉しいことです。最近の200番台後半続きで折れそうになっていた心が持ち直しました。

ブログを書くようになって、日常の何気ないことに目を向けられるようになったような気がします。また、ブログに書いた記事のお陰で、両親との共通の話題が増えました。友人も読んでくれているようです。

時間はそれなりに割かれるのですが、ブログを始めたことによるメリットを感じる機会も増えました。ブログというものを理解したのは丁度1年ほど前で、ブログ界では新参者ですが、それなりに楽しめているようです。

それにしても、アサブロランキングの基準はよくわかりません。なぜなら、今日は再び200番台に舞い戻っていたから…。それでも、こうして記事をかけています。

■ 東京出身の方から教わる富山の魅力 by M2017/12/07

昨日、ひょんなことから富山にいらして半年という方と話をする機会がありました。北陸で暮らすのは初めてで、それまではほとんど東京にいらっしゃったそうです。年齢的には私たちと同世代でしょうか。

単身赴任とのことで、時々東京にお帰りになるそうですが、早々に富山に「帰りたく」なるそうです。その理由は空気と水、空の広さ、通勤時に見る北アルプス立山連峰とのことでした。

私は大学時代の4年間とその後2年、計6年間を東京およびその近郊で暮らしました。東京はとても魅力的な場所でした。が、深呼吸できない、水道水をガブガブと飲めない、そして美しい山が簡単には見られない東京での暮らしに、永くはいられないと思っていたことが蘇ってきました。

富山県の一風景_城端線
※写真1:富山の一風景_城端線(二塚駅・戸出駅間)

富山県の一風景_高岡山町筋
※写真2:富山の一風景_高岡市山町筋(御車山会館付近)

半年前に富山にいらしたというその方は、富山の人の温かさについても話していらっしゃいました。体調を崩して仕事を休まれた時、単身赴任ということでお住まいまで食事を届けてくださった方が職場にいらっしゃったとのこと。普段でも何かと気を配ってくださることは、東京では考えられないと感激しきり。富山のことをここまでよく言ってくださるなんて、富山県人として嬉しいこと嬉しいこと。

その方は、富山に来て初めての冬を心配していらっしゃいました。しかし、スキーのご経験があり雪道の運転には慣れていらっしゃるようでしたから、融雪装置と早朝の除雪で通勤路が確保されてるのをご覧になれば、冬でもほぼ問題なく生活できることを実感されるのではないかと思います。

そういえば、お寿司屋さんで美味しいお寿司をリーズナブルにいただけることにも感激していらっしゃいました。富山に遊びに来られた息子さんが「もう東京ではお寿司は食べられない」とおっしゃっているとのこと。

地方創生が叫ばれていますが、まずは私たち自身が富山の暮らしの魅力を再認識し、その豊かさを享受するところから始まるような気がしました。都会にあるものを地方に持って来たり、新たに何かを創る必要はなさそうです。「青い鳥」が見えていないのは、地元の人間だけなのかもしれません。

■ 初積雪、暖簾の登場!? by M2017/12/06

初積雪
未明から降った雪が積もり、薄っすらと雪景色の朝を迎えました。今朝の寒さは12月としては格別です。特に足元からの冷えと窓ガラスからの冷気が…。

さて、この寒さを見込んで昨晩、とうとう暖簾をロフトの長持から引っ張り出しました。夏の日差しを遮るために導入した暖簾でしたが、冬の寒さ対策にも一役買ってくれています。

今日の予想最高気温は6度。ニットのスゥエータで温かくして過ごすことにしたいと思います。

■ 里山は大荒れ! by M2017/12/05

西側の窓からの眺め

今日は朝から荒れ模様の天気です。激しい雨が南西側の窓を叩きつけています。庭の樹木は葉を落としたため、雨の直撃を窓ガラスが受けています。

北側に丘陵があるため、冬の季節風の影響は軽減されます。しかし、今日は西風のため窓ガラスは辛い思いをしそうですね。

最高気温は10度との予報ですから、暖かくして1日を過ごそうと思います。

そんな今日、夫は「金山里山の会」の臨時活動に参加するとのこと。カワラダケの採取のため山に入るようです。富山県森林研究所の先生が来てくださるとのことで、会長さんが声をかけてくださいました。

大荒れの天気の中、怪我のないこと、また、風邪など引かないことを祈っています。

■ 圧倒的な差! by M2017/12/03

松本市 草間邸
薪ストーブが絵になる場所で家を建てたいと土地探しと家づくりに関する情報収集を始めたのは結婚直後1990年代初頭でした。当時はまだインターネットは一般化しておらず、情報収集の頼りは本や雑誌、イベント、人伝と言ったとこでした。

今と比べると非効率な感じが否めません。しかし、昨日記事にした書籍『二百年もつ家がほしい』と出会ったのは情報収集中だったようです。夫が思い出してくれました。

当時は休日になると、決まって出かける場所がありました。一つは県立図書館です。目的はもちろん情報収集でした。『二百年もつ家がほしい』は県立図書館の本棚で見つけたのでした。図書館には一般書の他、専門書が充実しているところが魅力でした。商業ベースに乗る以前の建築の基本的なことを知る書籍や雑誌も、素人の私たちにとっては充実していました。

専門雑誌を手に取り興味がある記事を読んだり、調べたりしていたことも思い出してきました。中には自分で購入した専門雑誌もありました。そこには本質的なことが書かれているので、住宅フェアや展示場の営業マンに質問しても答えてもらえないことも書かれていました。

情報は容易には手に入りませんでしたが、時間と手間をかけて収集した情報は私たちの血肉となったようです。

さらに人伝に富山県内の様々な場所へも行きました。目的は、薪ストーブが絵になる場所探しであったり、環境に配慮した家を建てている方を訪ねたり…。五箇山の合掌造り、愛知県の明治村、神奈川県の三渓園、東京都小金井市の江戸東京たてもの園にも行きました。

人伝に聞いた情報を確認するために、あるいは更に情報収集するために、年に1回ほどのペースで県外へも出向いていました。

この家に移り住んでからはすっかり出かけることが減りました。この土地とこの家が心地よいのはもちろんですが、情報収集の必要性が格段に減ったからだと思います。

時代は移り技術の進歩で情報収集は最も簡単にクリック一つでできるようになりました。しかし、本物の情報を得るとなると、実体験にかなうものはないと確信を持てます。

写真は松本市にある草間邸。
1960年代から古民家再生に取り組んでいた松本市在住の建築家降幡廣信氏が手がけられた住宅が載っている書籍です。松本まで出かけて、降幡廣信氏ご本人にお会いし、手がけられた住宅を数件見せていただきました。その中にこの草間邸もありました。これも射水市在住の設計士内記悦子さんとの出会いをきっかけにご縁が繋がりお会いすることができたのです。

■ 今年最後の「薪焚き人の会」 by M2017/12/03

大洋を移動する魚の群れのような空
今日は12月の第一日曜日。毎月第一日曜日は「金山里山の会」の下部組織「薪焚き人の会」の活動日です。今年は3月5日から活動を始め、猛暑で活動が無かった8月を除き計9回の締めくくりの日となりました。

夫が世話役をしているのですが、会員のみなさまに助けていただきながら、今年も活動を終えられることを喜んでしました。とりわけ「金山里山の会」の会長さんには、感謝しても仕切れない様子です。

山に入りコナラなどの大木を倒し玉切りにして、軽トラックに積み込み運び出すという作業をしているようです。運び出した薪はその日の活動に参加した会員が、自宅用にできるというシステムとのこと。

そのお陰で「薪焚き人の会」に入会以降、薪を購入する必要がなくなりました。以前は1トン当たり7,000円〜15,000円、年間20,000円〜30,000円ほどの原木(2m)を近隣の森林組合や林業従事者から買っていましたので、家計は助かります!? 夫は家計よりも地元の山で燃料の薪を調達できるということに心の底から満足しているようです。

先月の活動は薪の切り出しではなく下草刈りでした。薪がもらえないので誰も参加しないかも…と夫は当日まで心配していたのですが、蓋を開けてびっくり!いつもの活動と同じくらいの数の会員の参加があったそうです。

人は目先の損得だけで動くのではないことを改めて実感したようです。そのような組織の土壌を築かれたのが会長さんです。また、大木を倒す時に、会長さんがそばにいて下さると、それだけで安心感が違うとも言っていました。それは大木を倒す技術の問題ではないようです。

今年も薪を得るだけではなく、多くの気づきがあった「薪焚き人の会」。活動終了まであと3時間ほど。最後まで怪我のないように祈っています。

写真は今朝の空です。落葉広葉樹が葉を落とし、空が広く感じられます。雲が南からゆっくりと流れています。まるで大洋を移動している魚の大群のようです。

■ きっかけは『二百年もつ家が欲しい』 by M2017/12/02

二百年もつ家がほしい
今朝の記事で家づくりのバイブルは雑誌「チルチンびと」と書きました。改めて、本棚を眺めると、それ以前に影響を受けた書籍『二百年もつ家がほしい』が「チルチンびとの前に僕でしょう!」と語りかけてきました。

この本を手にしたきっかけは思い出せませんが、結婚直後、いつかは家を持ちたい、家を建てたいと思った直後に購入したような気がします。

出版年は1988年、購入したものは1991年9月10日第6刷と記されていました。

建築に関しては全くの素人の著者伊藤勝さんの家づくり奮闘記です。細かい記述は忘れました。ただ、影響を受けた事実だけは、強く記憶に残っています。雑誌やテレビコマーシャル、住宅展示場など、一般の人が家を建てようと思った時に容易に得られる情報では、二百年もつ家は建てられないということはすぐに理解できました。

二百年後は私たちはこの世にいません。それなのに二百年もつ家を建てる必要はないだろうと言われればそれまでです。ただ、私たちは、午前中にあげた記事に書いたように環境問題に関心があり、アレルギーがあり、健康に安心して暮らせる家に住むことを望んでいました。また、日本の木造建築が千年を超えて残っているにも関わらず、現代の住居が一世代、つまり30年もたないことへの懐疑もありました。

プラス夫には薪ストーブが絵になる家という一番の夢があったのですが…。

夫が記事にした高床式、軒を出すなどの要望の発端も元をたどればこの『二百年もつ家がほしい』だったのかもしれません。

「オリジナルなんてない」ということを聞くことがあります。我が家もオリジナルなのではなく、先人の知識や技術をそれぞれの立場でインプットして、施主である私たちと設計士の天野さん、そして大工の宮田さんのアウトプットの結晶が我が家”One’s Way”なのかなあと、今更ながら思っています。

■ バイブルは「チルチンびと」 by M2017/12/02

雑誌「チルチンびと」創刊号-第19号
雑誌「チルチンびと」を知ったのは1997年の夏の終わり、ドイツの環境メッセが取り上げられた創刊2号が出版された直後でした。当時、家づくりの相談にのっていただいていた設計士の内記悦子さんに教えてもらいました。

1990年代の初頭、私たちは食の安全を皮切りに環境問題に関心を持ち始めていました。その流れで住まいの安全についても考えるようになっていたのです。

始めて手にした「チルチンびと」に書かれていた「チルチンびと宣言」に私たちの魂は射抜かれました!直ぐに創刊号を取り寄せて、その後の家づくりのバイブルにしたのです。

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私は小さな家をつくろうと思う。
簡素な家をつくろうと思う。
とても普通だけど幸せな家を。

私は風を感じる家をつくろうと思う。
雨の音が静かに響く家をつくろうと思う。
都会にあっても自然と寄り添う家を。

たとえば、
そんな「私」がチルチンびとである。

私は故郷になる家をつくろうと思う。
ずっと愛していける家をつくろうと思う。
時間とともに美しくうつろう家を。

私はマナーのいい家をつくろうと思う。
ルールを守った家をつくろうと思う。
街に社会に時代に調和する家を。

たとえば、
そんな「私」がチルチンびとである。

誰かがつくった夢をもらうのではなく、
隣を横目で覗くのでもなく、
自分の主張としての、自分の生き方としての
私の家をつくっていこう。

たとえば、
そんな「私」がチルチンびとである。
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「チルチンびと」に出会えたことに悦びを、「チルチンびと」を教えてくださった内記悦子さんに感謝を!

写真は創刊から新居への入居1年までの間、住まいと生き方のバイブルとして購入した雑誌「チルチンびと」です。