One’s Way[ワンズウェイ]のブログでは、里山暮らしのあれこれを綴ります。ヘンリー・ デイヴィッド・ソロー の影響を受け、エシカルな暮らしを追求中。薪ストーブを暮らしの核とし、菜園、ガーデニング、サイクリング、ランニングなどを楽しんでします。

■ ブッシュミルズ! by T2018/02/11

ブッシュミルズ蒸留所
昨晩、久々に映画『スティング』のDVDを観ました。最後の見せ場で、ロバート・レッドフォード演じるジョニーフッカーが飲んでいたのがウイスキー「ブッシュミルズ」であることを今回初めて確認しました。

『スティング』はポール・ニューマンとロバート・レッドフォードの共演映画ですが、ポール・ニューマンは『評決』という映画の中にて、ボストンの行きつけの酒場に入り、「ブッシュミルズ!(をくれ)」と叫ぶシーンを演じています。

『スティング』の最後の重要場面にブッシュミルズをチョイスしたのは、果たしてポールの意向なのでしょうか?

ブッシュミルズは北アイルランド(U.K.)にある小さな町で、そこに在るブッシュミルズ蒸留所が生産しているウイスキーです。1608年創業とのことで世界最古の蒸留所と言われています。アイリッシュでありながらシングルモルト・ウイスキーも生産しています。とても飲みやすく入門ウイスキーとしては最適です。ことを成し遂げるに臨んでグイッと飲むにも最適なのかも。

アメリカ生まれのアメリカ育ち、ポール・ニューマンがどうしてバーボンでなくアイリッシュを選択したのか?人間の趣向性に国境はありません。

ちなみに今回『スティング』を観ながら僕が飲んでいたのは、アイラモルトを使ったスモーキーなブレンディット・ウイスキー「ブラックボトル」でした。

今日は建国記念の日ではありますが、良いもの、美味しいものに国境はありません。

写真は、2016年、ブッシュミルズ蒸留所を訪れた時のものです。町中に酵母菌の香りが漂い、呼吸するだけでほろ酔い気分になりました。町のB&Bにレンタカーを停めて歩いて蒸留所に行きました。だから夫婦共にウイスキーの試飲ができました。B&Bにはやはりウイスキー好きのアメリカ人夫婦が泊まっていました。アメリカ人にはブッシュミルズ愛好家が多いのでしょうか?

■ 映画「真白の恋」ロケ地巡り報告 by M2018/01/04

昨年12月24日(日)の午後、坂本監督の来訪をきっかけに映画「真白の恋」のロケ地を巡ってきました。以前記事にもしましたが、射水市の南の端から北の端へ、車で30分足らず。しかし、里山の風景と土の香りの我が家から、潮の香りと海辺の街の佇まいへと小旅行気分でした。

「川の駅新湊」の駐車場に車を止め、カメラを忘れたことに気づき、「写ルンです」を探しました。川の駅のスタッフさんに尋ねると100mほど先の写真屋さんに売っているとのこと。

アミヤ写真館

教えてもらった写真屋さんは映画の舞台にもなった「アミヤ写真館」でした。早速、「写ルンです」を購入してお店を撮影。アミヤ写真館の店頭には映画に出ていた古いカメラが置かれ、撮影時の写真も飾られていました。撮影時のエピソードは昨年末に記事にした通りです。店番をしていらっしゃった奥様から映画のロケ地巡りのパンフレットをもらって次の目的地へ。

シブヤサイクル

「アミヤ写真館」から数十mほどのところにある「しぶやサイクル」へ行きました。主人公の真白のお父さんが営んでいる街の自転車屋さんです。店主の渋谷さんと夫との自転車話が弾んでいました。

そして、「川の駅新湊」に戻り「写ルンです」を買えたことを報告し、映画「真白の恋」のロケ地巡りにきたとお伝えしました。スタッフさんによると、映画の評判がとてもよく、県外から多くの方がロケ地巡りにいらっしゃっており、特にコアな映画ファンが多いとのことでした。

また、観光ボランティアのおじさんによると、結婚式のシーンに使われた「放生津八幡宮」を周って30分程とのことでしたので川沿いに歩くことにしました。12月下旬とは思えないほど暖かい日でしたので、私たち以外にも家族連れ、シニアのカップルの方などが内川沿いを歩いていらっしゃいました。


真白と油井の再会

写真は、真白とカメラマンの油井が再会した橋のたもとです。油井から誘われ、真白が「ちょっとだけ」と答えたセリフが耳から離れません。

放生津八幡宮

そして「放生津八幡宮」です。真白のお兄さんの結婚式のシーンに使われています。映画と同様、正面に雪よけの簡易的な通路が設けられています。私たちは27年前に夫の実家の氏神様の神社で結婚式を上げたことを思い出しました。

放生津八幡宮御手洗

さらに真白と油井さんが出会った御手洗です。

カフェuchikawa六角堂

最後に、映画には出てきませんが「カフェ uchikawa 六角堂」です。途中、野村屋餅店にも寄ったりすれば、半日ゆっくり日本のベニス「内川」を楽しめると思います。


※映画「真白の恋」の公式サイトはこちらです。

■ 突如として出現したアミューズメント by T2017/12/04

1996年クリスマスのケルン大聖堂
現在私たちが住んでいる土地の購入決済をした直後、私たちはドイツを旅行しました。

1996年の12月24と25日、私たち夫婦はドイツのケルンという街にいました。ケルンはヨーロッパの歴史を学ぶには最適の街で、古くはローマ帝国の植民市(コロニア)から始まり、キリスト教のいち早い伝播、ゲルマン民族のフランク王国を経て、神聖ローマ帝国、三十年戦争、第二次世界大戦で街の大半が破壊、そして今日ドイツ4番目の都市となっています。つまりケルンは各々重みのある歴史の地層がいくつも堆積しているような街なのです。

現在ユネスコ世界遺産に登録されているケルン大聖堂に、私たち夫婦はキリスト教でいうところのクリスマスイヴ深夜からクリスマスにかけて出かけました。私たちはクリスチャンではないのでクリスマス行事とは無縁であり、ケルンを訪れた理由もトラック自転車の6日間レースを観戦するためでしたが、建造物としての大聖堂を見学するついでに、本場本物のクリスマスというものを体感してみようと出かけたのです。

深夜0時、気温はマイナス10度以下、鐘の音と共に大司教らしき方が祭壇へ。生の賛美歌とパイプオルガン。僕の隣に立っていたドイツ人(?)の女性は涙を流しながらお祈りされていました。賛美歌の曲は僕にも分かりました。それは「きよしこの夜」。

その女性の涙は僕にとって衝撃的でした。それもかなり衝撃的な体験でした。

第二次世界大戦後、共に復興を果たしたドイツと日本。しかし、その復興過程は両国において異なった道を歩んでいるのではないか、そんな気がします。戦後、突如として出現した信仰心と無縁で商業主義的アミューズメントとしての日本クリスマス。

今日も至る所で、クリスマスソング(きよしこの夜も含む)とクリスマス装飾に出会います。でもあの時のような静かで祝福に満ちた涙には出会うことは、今のところありません。

■ 圧倒的な差! by M2017/12/03

松本市 草間邸
薪ストーブが絵になる場所で家を建てたいと土地探しと家づくりに関する情報収集を始めたのは結婚直後1990年代初頭でした。当時はまだインターネットは一般化しておらず、情報収集の頼りは本や雑誌、イベント、人伝と言ったとこでした。

今と比べると非効率な感じが否めません。しかし、昨日記事にした書籍『二百年もつ家がほしい』と出会ったのは情報収集中だったようです。夫が思い出してくれました。

当時は休日になると、決まって出かける場所がありました。一つは県立図書館です。目的はもちろん情報収集でした。『二百年もつ家がほしい』は県立図書館の本棚で見つけたのでした。図書館には一般書の他、専門書が充実しているところが魅力でした。商業ベースに乗る以前の建築の基本的なことを知る書籍や雑誌も、素人の私たちにとっては充実していました。

専門雑誌を手に取り興味がある記事を読んだり、調べたりしていたことも思い出してきました。中には自分で購入した専門雑誌もありました。そこには本質的なことが書かれているので、住宅フェアや展示場の営業マンに質問しても答えてもらえないことも書かれていました。

情報は容易には手に入りませんでしたが、時間と手間をかけて収集した情報は私たちの血肉となったようです。

さらに人伝に富山県内の様々な場所へも行きました。目的は、薪ストーブが絵になる場所探しであったり、環境に配慮した家を建てている方を訪ねたり…。五箇山の合掌造り、愛知県の明治村、神奈川県の三渓園、東京都小金井市の江戸東京たてもの園にも行きました。

人伝に聞いた情報を確認するために、あるいは更に情報収集するために、年に1回ほどのペースで県外へも出向いていました。

この家に移り住んでからはすっかり出かけることが減りました。この土地とこの家が心地よいのはもちろんですが、情報収集の必要性が格段に減ったからだと思います。

時代は移り技術の進歩で情報収集は最も簡単にクリック一つでできるようになりました。しかし、本物の情報を得るとなると、実体験にかなうものはないと確信を持てます。

写真は松本市にある草間邸。
1960年代から古民家再生に取り組んでいた松本市在住の建築家降幡廣信氏が手がけられた住宅が載っている書籍です。松本まで出かけて、降幡廣信氏ご本人にお会いし、手がけられた住宅を数件見せていただきました。その中にこの草間邸もありました。これも射水市在住の設計士内記悦子さんとの出会いをきっかけにご縁が繋がりお会いすることができたのです。

■ 石を積む by T2017/10/25

花崗閃緑岩およそ2トン
エドワード・ムーニー Jr.の2002年発表の小説『石を積む人』に触発されたわけではない。

僕が石積みや石敷きを開始したのは2015年の春だった。その時点で僕はエドワードの小説の存在を知らなかった。石積みを開始した直後に『石を積む人』を原作とした日本映画『愛を積む人』が公開され、ちょっと悔しい気持ちになったのを覚えている。

僕が直に石積みの風景や石畳の道を目の当たりにして心惹かれたのは、1995年のアイルランド旅行に於いてだった。J.M.シングの紀行文で有名なアラン島を夫婦で訪れた時だった。その時は自分も石を積み始めるとは想像もしていなかったが。

今日は知人に2トンダンプを借り、大雨注意報が発令されている中、庄川上流いつもの採石場へ赴いた。今までは石を1つ1つ手でトラックに積み込んでいたが、今回は荷台の高いダンプだったので、採石場の人にバックホーで積み込んでもらった。僕は横で見ているだけ。楽だったことは確かだが、家に搬入してみればほとんど疲れていないのには、少々物足り無さを感じた。

でもこれからが本仕事。写真の石は花崗閃緑岩で一個が直径約35cm30㎏前後。薪割りや雪囲いの合間を縫って石垣を積む幸福な時間が待っている。

Where there is a stone, there is one’s way.
石のあるところに、道は開ける。

■ ツワブキと沖縄 by M2017/10/10

ツワブキ
ツワブキの花を見ると沖縄旅行を思い出します。

2010年の2月末に沖縄本島を訪れました。新婚旅行で初めて沖縄を訪れてから3回目の訪問でした。その際、初めて平和祈念資料館に行きました。入り口へのアプローチの脇にツワブキの黄色い花が咲き乱れていました。ツワブキを見るたびにその光景が蘇るのです。

戦争を始めるのは誰なのでしょう。
戦争で得するのは誰なのでしょう。

いろいろなことを考えさせられた場所でした。

我が家の庭にもツワブキを植え、今年も黄色い花を咲かせてくれました。平和な世界が訪れますように…

■ 生命の水 by T2017/10/05

ボウモア26年
ひと雨ごとに秋が深まっていきます。これからの時期、富山は曇天が多くなっていきます。夏の雨と異なり、秋のこぬか雨が我が家のパヴェ(石畳)をしっとり濡らすと、まるでアイルランドやU.K.の森の小径のようです。

だから富山の風景と天気にはウィスキーがとても似合うと僕は思います。特にスコッチウィスキーが絵になります。その理由は富山は海あり山ありだからです。スコッチウィスキーも海系のハードなアイランズ・シングルモルトと丘陵系のエレガントなスペイサイド・シングルモルトがあって、その時の気分によって楽しめるからです。

僕がスコッチのシングルモルトを飲み始めた当初は、スモーキーな海系を飲んでいました。ボウモアやラフロイグ、アードベックなどのスモーキーなシングルモルトはその個性が明快でパンチが効いていたからです。薪ストーブライフにも相性が良かった。また住まいが里山にあるためその対極としての海の要素に惹かれたのかもしれません。要はバランスの問題です。

ところが最近は、ノンピート・ノンスモーキーなスペイサイドやローランドのシングルモルトに趣向が移行しつつあります。ザ・グレンリヴェットやオーヘントッシャンなどの、一見ライトで控えめな印象にも思えますが、ピート臭で誤魔化さず「いつか本当の大人になればこの良さが分かるはず」と決して自ら強引なセールスをしてこない紳士的なシングルモルトに惹かれつつあります。実はこちらのシングルモルトの方が和食を頂いた後の食後酒として相性が良いと思われます。

どちらが勝っているということではありません。その時その時の状況と気分で楽しめば良いと思っています。

ただ、「一本だけ選ぶとしたら?」と尋ねられたら、今現在の僕は、タリスカーとラガヴーリンを選びます。同点一位で甲乙付け難く二本になりました。タリスカーもラガヴーリンも共に海系ですね。

今回の記事はマニアックなウンチク系になりました。謝謝

参考:ウィスキーという言葉はウシュクベーハ(Uisge Beatha)というゲール語(スコットランドの母国語)からきており、ウシュクは水、ベーハは生命という意味だそうです。つまりウィスキーとは「生命の水」という意味です。

写真説明:ボウモア26年、箱の切り抜きです。2009年に妻の両親がスコットランドと湖水地方を旅行した時のお土産です。かなり苦労してお店と交渉し買ってきてくれた秀逸品。最高に楽しませてもらいました。

■ 走れる幸せを誰かの幸せにつなげよう by T2017/09/27

第1回東京マラソンゴール付近
「走れる幸せを誰かの幸せにつなげよう」このキャッチコピーは東京マラソン財団のコピーです。走ることによって誰かを幸せにできるか否かは分かりませんが、少なくとも僕は走ることができるだけで幸せです。

だから、なぜ走るのかという疑問は持ったことがありません。疑問が湧く前に走ることのできる幸福感と有り難さが湧いてくるからです。

東京マラソンに限らず全てのマラソン大会では健康チェックの項目があります。つまり健康だから走ることができるというわけです。それが嬉しい。

それに、卵が先か鶏が先か分かりませんが、マラソンを走るようになって僕は以前より健康的になりました。

時々「お金を払ってまで、なぜ走るのか」と質問されることがあります。健康でマラソン大会にお金を払うことと、不健康で病院や薬にお金を払うことと比較すれば、断然前者の方を僕は選択します。

「お金を払ってまで、なぜ走るのか」といった質問は「お金を払ってまで、なぜタバコを吸うのか」と同系列の質問です。「お金を払ってまで、なぜお菓子を食べすぎるのか」と同等の質問です。要は「したいから」でしょう。

ともかくも、東京マラソン2018を走ることができるのは本当に嬉しいです。旅行好きの妻も東京へ行く口実ができて幸せだと言っていました。

■ 旅の計画 by M2017/09/19

旅ランの一コマ2016_アイルランド
私たち夫婦にとっての旅行は、海外旅行であることの方が多く、近年は2年に1回のペースで楽しんでいます。

私たちは思いついて旅行に出るということはありません。前々から次の行き先を決め計画します。2年に一度ですから、1年半前くらいには次の行き先を決め、情報収集します。おおよそのルートが決まったら、航空券を手配します。ある程度の日程が決まった段階で宿を取ります。場合によっては現地での移動手段であるレンタカーや列車、フェリーの予約をしていると、出発ひと月前くらいになるわけです。

次の旅行の予定は来年の春です。去年の春のアイルランド旅行を終えた後、夏には行き先は決まっていました。まずは図書館で本を借りて情報を集め、インターネットで補足しました。2018年春の航空券が売り出された直後に予約しました。これで一安心です。現地に行くことはできますから…。夫の要望を聞き、旅行の手配はもっぱら私の役割です。

一昨日、気づきました。旅行という餌を与えておけば、私は一生楽しく生きられるであろうことに。計画を楽しみ、手配を楽しみ、移動を楽しみ、現地を楽しみ、帰国後しばらくは思い出に浸ります。浸りきったところで、次の旅行の計画です。

健康である限り、旅行の楽しみは尽きることがなさそうです。

■ 450kmで異国の雰囲気 by M2017/09/02

8月26日から2泊3日で熊野旅行に行ってきました。距離にして約450km、時間にして6時間の移動でした。

驚きや発見はたくさんあったのですが、その一つに気候の違いでした。日中の暑さはもとより、朝晩も熱気が残り湿度は100%。明け方には雨が降り、バリ島を思い出しました。

気候が違えば植生も変わります。熊野三山にそれぞれ御神木がありましたが、こちらではあまり馴染みのない木ばかりでした。

熊野速玉大社の御神木は「梛」(なぎ)
樹齢千年と言われる梛の木が強い日差しを遮り、心地よい空間を作ってきました。
熊野速玉大社の御神木_梛

熊野那智大社の御神木は「楠」(くすのき)
幹にぽっかりと穴があいており、護摩木を持って潜ると願い事が叶うとのことでした。
熊野那智大社の御神木_楠

熊野本宮大社の御神木は「多羅葉」(たらよう)
葉の裏に爪などで文字が書けることから「葉書の木」とも呼ばれるそうです。その隣には八咫烏(やたがらす)が止まるポストが…。ハガキを2通投函してきました。今頃は、RさんとMさんの手元に届いていることでしょう。
熊野本宮大社の御神木_多羅葉

御神木はどれも力強く生命力を感じる木でした。佇まいは日本なのですが、周囲の植生は富山とは異なり南国を思わせました。九州や沖縄まで行かなくても異国の雰囲気を感じた旅行となりました。