One’s Way[ワンズウェイ]のブログでは、里山暮らしのあれこれを綴ります。ヘンリー・ デイヴィッド・ソロー の影響を受け、エシカルな暮らしを追求中。薪ストーブを暮らしの核とし、菜園、ガーデニング、サイクリング、ランニングなどを楽しんでします。

■ 薪焚き人の理想形 by T2020/07/01

シイノキ

樹木剪定には適した時期があります。樹木全般において先ず真夏と真冬を除きます。その上で落葉樹は軽い剪定はならいつでも良いですが、本格的剪定は寒い時期(初春又は晩秋)です。一方、常緑樹は暑い時期(梅雨時期かお盆過ぎ)が適しています。常緑樹の剪定は寒い時期を避けるべきです。

よって今の時期は常緑樹の剪定時期です。先日、根元で二股に分かれていた庭のシイノキの片方幹を伐りました。直径15センチほどで高さ8mほど。約15年前、甥っ子が義母と散歩中に拾ってきたドングリを鉢に埋めておいたら芽が出たシイノキ。それを我が家に頂いて育てたものです。

伐ったシイノキの幹、我が家では薪ストーブ燃料に有効活用します。焼却施設へ持ち込むとなると有料ですので、薪ストーブ暖房は一石二鳥です。

ところで、薪用の原木は今の時期に伐らない方がよろしい。何故なら水分を多く含んでいるからです。でも庭の剪定常緑樹の場合致し方ありません。寒い時期に伐ることができませんから。つまり、薪の品質よりもシイノキの健康を優先します。実存(生命の価値)は、本質(利用価値)に先立つというわけです。

里山活動も然り。里山整美をする過程で、結果生じた伐木を薪として有効活用させていただく。それが理想形と僕は考えます。

■ 汗をかく日は危険? by T2020/07/02

ハンゲショウ

梅雨時期は汗をかいても汗がなかなか乾きません。汗が乾かないということは気化熱を奪われることがないため熱が体内にこもりがち。それが熱中症の原因にもなると専門家はおっしゃいます。

でも、このくらいの気温多湿の梅雨の日は、決して珍しいわけでなく昔もよくありました。なのに!昔は熱中症のなんて言葉は聞いたことなどありませんでした。しかも昔はエアコンなど普及していなかったはず。

「最近の夏は昔よりも暑くなった、最近は猛暑日もフツーになった」と言われます。ところで、35度の猛暑日をエアコンの効いた室内で過ごす汗と無縁の最近のライフスタイルと、30度の真夏日をエアコン無く扇風機で過ごした昔と、どちらが暑い?

汗が乾かない人間よりも、汗をかくことを忘れた人間の方が、危険だと思うんだけど。

■ 弱い意志力に頼らない by T2020/07/03

朝の庭
夏至を過ぎて10日ほど、日の出の時間は早い。毎日の僕の目覚まし時計は4:30に設定してあります。

更に今の時期、薪ストーブの着火作業も不要なので、即、外活動に移行できます。

現代は高速移動・高速通信時代。1秒でも早くという時代です。朝のスタートダッシュは今の時代こそ重要。里山のスローライフはロケットスタートで開始します。

周囲の人がまだ活動していない時間は、人に振り回されることなく、自分時間を有効に活用できる時間帯。何故なら不意の来客や電話で中断を余儀なくされる心配がないからです。

じゃあ、そんなに早くから何をするの?

正直言って、実は大して特別なことをするわけではありません。毎日ルーティーンに行うべき日常の活動をします。神棚榊の水替え、菜園の収穫、ジョギング、ブログ作成、コーヒ豆挽き、朝食、食器洗い、洗濯干し、掃除・・・。

そんな短距離走のようなスタートダッシュをずっと持続することは困難。よって日中時間はイージーに流します。どうやって流すか?簡単です。その日のスケジュールに任せるだけ。スケジュールが定まっているということは、自分の意志力を節約できます。何をするか自分で行動を選択する労力を必要としません。

ということで、ここまでの話をまとめます。
大きなやる気を奮い起こし意志力を最も必要とするのはスタート時点とスタート直後、つまりゼロから起動する瞬間ということです。そんなエネルギーの最も必要とする瞬間を、有無を言わせないルーティーンにシステム化してしまうのです。感情や気分の良し悪しと協議することなく仕組みとして一気に行動してしまうのです。そして軌道に乗ってしまえば、後は自動操縦された飛行機のように、その日の予定に従ってただ受動的に流れます。

以上のやり方が、弱い意志力の僕をして、弱い意志力なんかに頼ることなく、しかしながら、それなりに意志力を必要とする人生を如何に乗り切るか、という課題に対する僕なりのやり方です。

そうやって1日が進んでいきます。

■ 想定外とは「想定外」 by M2020/07/04

想定以上の庭
2011年の東日本大震災以降、「想定外」という言葉をよく耳にするようになりました。最近では「想定外」の豪雨被害があります。実際、今日も九州地方で豪雨災害が起こっています。

耳にするたびに本当に想定外なのかと疑念が湧きます。何故なら、東日本大震災規模の地震は過去に発生していたことを専門家にはわかっていました。昨今の豪雨被害については21世紀初頭から気候変動の文脈で専門家だけでなく、一部の政治家も危険を訴えていました。

私は地震の専門家でも気象の専門家でもありませんが、「想定外」との報道に違和感を覚えます。

・専門家の言葉を間に受けなかった。
・専門家の言葉よりも優先することが別にあった。
・専門家の言葉が届かなかった。
・専門家の言葉を聞く術を知らなかった。…etc.

「想定外」と言うことで、政府、マスコミ他、多くの人が自らの責任を回避しているように感じるのです。

私は自己責任論者ではありません。しかし、最近「誰かのせい」にする風潮が高まっている感が拭えません。「誰かのせい」にしている限り、良い変化は望めないのではないのでしょうか。変化があるとしたら、香港のような権力による変化になってしまいそうな気がします。

一人ひとりの行動は小さいかもしれません。しかし、集まれば大きな力になります。最も力を集められるのが「選挙」ではないでしょうか。社会を変えるのは、政治家ではないと思うのです。私たち一人ひとりの行動が社会をつくると信じたいです。

明日は東京都知事選挙です。都民ではありませんが、今後の日本の行方を占う選挙になるような予感があります。結果は「想定外」となるのか、ならないのか。まずは東京が「誰かのせいにしない社会をつくる」基盤になることを願っています。

■ リハビリはケーキづくり by M2020/07/05

手作りパウンドケーキ
一昨日、久しぶりにパウンドケーキを焼きました。室温で柔らかくしたバターと砂糖を泡立て器で混ぜる過程がリハビリになります。

実は昨年の9月末、地域の住民運動会で右肩に肩腱板断裂が起こったのです。リレーに出場し懸命に走っていたら突然右手が動かなくなったのです。その時は何が起こったのか全くわかりませんでした。そして、痛みでよく眠れないまま朝を迎えました。

翌日、接骨院で「リレーではなく、玉入れで普段使わない部分を突然動かしたからではないか」と言われました。その後、ひと月程、週に1、2回、接骨院に通院しました。徐々にではありましたが、可動域は増えていきました。

が、肩を捻る動き、例えば「ポットで沸かしたお湯を注ぐ動作」はいつまで経っても痛みが伴いました。また、重たい鍋を持つこともできませんでした。日常生活で最もきつかったのが「室温で柔らかくしたバターと砂糖を泡立て器で混ぜること」でした。

数年前から時々パウンドケーキを焼いていたのですが、昨年はその後パウンドケーキを焼くことなく終わりました。今年の春からは月に一度ほどのペースで再開し、そのたびにバターと砂糖を混ぜることが苦ではなくなってきました。

一昨日は肩腱板断裂を起こす前の状態にまで戻った感じでした。肩腱板断裂は加齢で発症するとのこと。ピークは60代とのことですので、一足先に発症してしまいました(笑)。玉入れにはみなさまお気をつけください。

■ 石垣島と金山里山のマリアージュ by T2020/07/06

パインアップル
先日、地域の知人より石垣島産のパインアップルを頂きました。知人は金山里山の樹木や山菜にとても詳しく、造園デザインも手がける方で、時々私たち夫婦はお知恵を拝借させてもらっています。

知人はビジネス上、石垣島との取引もあり、私たちは一度石垣島を案内してもらったことがあります。普段近所で顔を合わせているのに、その時私たちが石垣島のホテルに到着すると、ホテルロビーで出迎えてもらい不思議な感覚でした。

ところでこの石垣島産はパイナップルじゃありません。パインアップルです。説明書に敢えて「パインアップル」と表記されていました。英語ではpineappleと書き、発音するとパイナップルに聞こえます。しかし「石垣島はアメリカでもなく他のどこでもなく石垣島!」と言わんばかりにパインアップルでした。香りがとても濃厚で最高。そうそう、くれぐれも長いものに巻かれないように!

パインアップルには、ブロメリンというタンパク質消化酵素が含まれていて肉料理にとても合います。毎週我が家の日曜日夕食はワインディナーが恒例。昨日は豚肉のソテーをメインに、ボバルの赤ワインを合わせました。銘柄は『La Malkerida』意味は「誰も愛さない女」。イイですね、長いものに巻かれない女性。

ボバルというブドウ品種はスペインのバレンシア地方でよく栽培されています。モナストレルやテンプラニーリョと比べてマイナーなボバル。でもイイじゃないですか、マイナーなところが。長いものに巻かれなくて。タンニンの渋みがしっかりしていて豚肉を引き立てます。

BGMは、ライクーダーの『エレクション・スペシャル(選挙大特集)』2012。東京都知事選挙の日ということで合わせてみました。そうそう、くれぐれも長いものに巻かれないように!後で後悔しないように。

太陽の恵み、パインアップルとボバルと金山里山のマリアージュ!

■ 花を植えてはならない by T2020/07/07

サヤインゲン
連日写真のくらいのサヤインゲンが菜園で採れます。連日胡麻和えや煮物で食べています。先日は妻がピザトーストの具としてパンに乗せてくれました。

そういえば、10年前に92歳で亡くなった祖母も、毎日菜園で収穫してきたサヤインゲンを飽きもせず食べ続けていました。祖母は真言宗信仰心が厚く、存命中は四国巡礼を三度完遂しました。そのお陰か長患いせず、お釈迦様の命日である2月15日早朝に、自宅で家族の傍で静かにして息を引き取りました。

ところで、真言宗の開祖である空海(弘法大師)は、本山である高野山には花を植えてはならないと戒めていたそうです。珍しい花々を育て売買取引で蓄財するなど欲煩悩を避けるためだったそうです。というわけで高野山にあるお墓には花を供える代わりに高野槙をお供えするようです。自然に山に育つコウヤマキを。

アレも欲しいコレも欲しい、ここに無い珍しいモノが欲しい、欲にはキリがありません。
タケノコの時期はタケノコを食べれば良い。サヤインゲンが採れるならばサヤインゲンを食べれば良い。品の良かった祖母のように。

宗教においては、食を含め生活そのものが修行。修行とは人間としての品格を磨く自己マネジメント。そんな気がします。

■ どう変化しなかったか、登山と里山活動 by T2020/07/08

コロナ後の庭
2020年も7月に入り、今年も折り返しました。前半はコロナに振り回された半年、皆さんの暮らしはどう変化しましたか?

コロナ危機を経験し、社会では必要度の高い産業と必要度の低い産業の明確化が進んだようです。人間が生存していく上で必要不可欠な産業はコロナの影響下でも活動を維持しました。

例えば食糧生産。里山では例年通りに米や大豆が栽培されています。
また、富山県は野菜の出荷額が全国最下位ですが、金山里山では自家菜園を営んでいる家庭が多く、それは我が家も含めて出荷販売しない自産自消農園が多いです。そんな自産自消農園の営みも例年通りというか例年以上に活発化しています。故に食糧生産に関わる産業・活動は必要度の高い産業と言えるでしょう。

ただし、必要度の高い産業が良い産業で、必要度の低い産業が無駄な産業というわけではありません。必要度の低い産業だったとしても暮らしに潤いをもたらす良い産業が多くあるでしょう。

ところで、山に親しむ活動と一口に言ってもいろいろです。3000m級のスポーツ登山から数10mの里山までいろいろ。僕は里山暮らしを開始する以前は時々高山レジャー登山もしました。里山で薪ストーブを焚き菜園を営みながら生活するようになると、僕は殆ど高山レジャー登山をしなくなりました。生活自体が山活動になったからです。

幸か不幸か、有難いことに私たち夫婦の里山暮らしというか里山活動は規制や自粛の影響を受けず、依然として山の整美活動をしたり薪燃料を調達したりできています。里山活動が生きる上で必要度の高い活動だということでしょう。ただし繰り返しますが、高山レジャー登山が無駄な活動と言っているわけではありません。あしからず。

皆さんの生活は、コロナ前後でどう変化しましたか?・・という質問はありきたり。敢えて僕はこう質問します。
「皆さんの暮らしは、コロナ前後でどう変化しませんでしたか?」

変化しなかったことに気付くことは変化したことに気付くことよりも難しい。しかし変化の少なさを見ることは、生きていく上で必要度の高い活動を優先させて暮らしているか否かを見る重要な指標なのかも知れません。

■ 家具職人がメルセデス by T2020/07/09

KAKI製カップ棚

30年以上前のことです。粟巣野にある家具製造メーカーKAKIの起業者、柿谷誠氏が述べていました。
「家具職人がメルセデス・ベンツに乗って何が悪い?」

今の時代こそ輸入車が普及していますが、当時、外車に乗ることを自ら不相応とする風潮が感じられました。特に世間の目を気にする田舎ではその傾向が強かった。「出る杭は打たれる」として皆で萎縮し、脚の引っ張っぱりあいをしていたように感じます。

そんな空気の中で「家具職人がメルセデス・ベンツに乗って何が悪い?」と言い切り、堂々と黒塗りに乗っていた柿谷氏は正に「出過ぎた杭は打てない」状態で、幼い僕にとっては凄くカッコいい存在でした。

1960年代に登場したアイビールックの生みの親、VAN創設者の石津謙介氏とも親交のあった柿谷氏は、住んでいる場所や環境、職業や家柄などで自分のアイデンティティに自ら規制を加えない、言わば世界標準の生き方を貫いていたように思います。

ところで昨日のことです。「今日はオレちょっとオシャレしてきた」と言いながら金山里山の会長が我が家にいらっしゃいました。それです!嬉しかったです。ドンドン出過ぎた杭になりましょう!萎縮するのはやめましょう。堂々と世界をいきましょう。

東京という名の田舎の模倣ぐらいじゃ、いつまで経っても世界の片田舎に過ぎません。里山で世界のど真ん中を生きましょう。

ちなみに、メルセデス・ベンツのことをベンツと略するのは日本人ぐらいです。世界標準ではメルセデスと略します。

■ 知ろうとしなかった by T2020/07/10

クリーン里山

妻が先日書いた「想定外の想定外」というブログに刺激を受けて書きます。

知らなかった 騙された 教えてくれなかった こんなことになるとは思いもよらなかった・・これら全ての言葉は何を意味しているのでしょうか?

私たちが住む地域では、金山クリーン作戦という清掃ボランティア活動が年に数回行われています。日時は事前に地域振興会便りや回覧板でお知らせされています。

A「昨日のクリーン作戦に参加した?」
B「えっ、・・知らなかったんだ。」

AさんはBさんに参加したか参加しなかったかを尋ねただけですが、Bさんはズレた返答をしています。Aさんは、ボランティアとは自由意志なのだから、参加する権利はもちろん参加しない権利も保証されるべきと考えており、別にBさんを詰問しているわけではありません。でもBさんは何故か「知らなかった」と答えました。

Bさんは何を弁解しているのでしょうか、それとも想定外ということで自分には責任がないと主張しているのでしょうか?
結局Bさんは墓穴を掘ってしまいました。というのは、回覧板等でクリーン作戦が告知されていたにもかかわらず、「知らなかった」と自白してしまったからです。

Bさんの非を咎めるならば、その非はボランティア不参加であった点でなく、誰もが知り得た状況にも関わらず知ろうとしなかった、知る努力をしなかった点にあるでしょう。