One’s Way[ワンズウェイ]のブログでは、里山暮らしのあれこれを綴ります。ヘンリー・ デイヴィッド・ソロー の影響を受け、エシカルな暮らしを追求中。薪ストーブを暮らしの核とし、菜園、ガーデニング、サイクリング、ランニングなどを楽しんでします。

■ 食器洗浄機についての一考察 by T2017/10/20

思い出のカップの数々
我が家には食器洗浄機がありません。

先日、松任谷由実さんがラジオで話していました。大切な漆の食器や陶磁器を食器洗浄機に入れるなんて私にはできないと。

我が家にはユーミンのように高価な漆の食器や陶磁器はありませんが、食器洗浄機を使わないと話せば、聞く人が、我が家にはユーミンのように高価な食器がたくさんあるのではと勘違いしてくれるのではと期待します。

我が家には高価な食器はありませんが、思い出の食器は結構あります。旅行先の骨董屋さんで購入したしたコーヒーカップやシリアルボール、新築祝いの器、友人の結婚祝いの返礼の皿などなど。その点からすれば、大切な思い出の食器を食器洗浄機に入れるなんて僕にはできません。

先日、ある人が話していました。食器洗浄機を使うことによって時間を節約でき、その時間を子供たちとのコミュニケーションに当てることができる。だから食器洗浄機を導入したんだと。

僕はそれを聞いて思いました。それだったら子供たちと一緒に食器を洗いながらコミュニケーションすれば良いのにと。だって何もしない状態で「さあお話ししましょう!」というシチュエーションってなんかピンときません。そう思いません?

■ 直冷式の冷凍冷蔵庫 by T2017/10/19

直冷式冷凍冷蔵庫
今朝の食卓に季節外れの枝豆がありました。周囲では枝豆の収穫時期はとっくに終わり、今や大豆の収穫時期です。妻に聞くと実家で冷凍保存されていた枝豆を頂いてきたとのこと。

ところで写真は我が家の冷凍冷蔵庫です。エレクトロラックス社の製品で、約10年前に秋葉原のヤマギワ電気で購入しました。エレクトロラックス社のこの冷凍冷蔵庫を選択した最大の理由は、直冷式だからでした。直冷式とは冷やされたパネルによって室内を冷やすシステムで、いわば昔ながらの冷蔵庫の原理です。つまり氷を入れて冷やすようなクーラーボックスや初期木製冷蔵庫と同じです。

最近の日本では、ほとんどの冷蔵庫が冷風式です。冷たい風を出すことによって室内を冷やすシステムで、いわばエアコンの冷蔵庫版言えるでしょう。冷風式は野菜などの食材が乾燥してしまい鮮度が落ちてしまいます。直冷式は乾燥することを回避できますが、一方で定期的に霜取りをしてあげなければなりません。しかし年に数回の手間に比べれば食材の美味しさの方を私たち夫婦は選択します。

しかし日本人の多数派は霜取り手間のかからない冷風式を選択するのでしょうか。最近はスウェーデンのエレクトロラックス社も日本向けの冷凍冷蔵庫は全て冷風式としました。日本では冷風式の需要が高いということでしょう。先進国のヨーロッパと日本は違いがありますね。もう日本では直冷式を購入することが極めて困難になりつつあります。

そこで僕はこんなことを考えています。それは我が家のベースメントに新たな冷凍庫を設置するということです。キッチンの冷凍室もほぼ満タン状態であり、冷凍庫のみを新設すれば余裕もできます。さらに氷や保冷材を今以上に常備できます。その氷や保冷材を現在のエレクトロラックス社冷蔵庫スペースに運び入れるのです。つまり昔ながらの氷で冷やす冷蔵庫のごとく使用するのです。そうすれば現在のエレクトロラックス社冷凍冷蔵庫が寿命尽きても、その後も末長く使用でき、しかも直冷式を持続できるというわけです。

また1つ手間が増えますね。

■ Xデーを想定の範囲内に by T2017/10/17

マリーゴルド、未だ咲き続けています
先日、近所の方が大病をされ、手術は成功したものの今までのように活発に行動できないと嘆いておられました。こういったことは人ごとではありません。どれだけ注意していたとしても病気や怪我によって突然現在のライフスタイルや生産性を維持できなくなることは誰にでもあり得ることです。

できることをする行動力と、できないことを諦める受容力と、できることとできないことを区別する知能力によって、来るべき時をシュミレーションし、Xデーをなるべく想定の範囲内にしようと夫婦で話し合いました。

また、病気や怪我でなくとも加齢によって行動力が鈍り現在の生活レベルを維持できないことも避けることができません。先日夫婦で3時間以上走った時、帰宅後はゆっくり行動せざるを得ませんでした。あたかも老後の暮らしをシュミレーションしているようだと話していました。

話は突然変わりますが、現在の日本の公的年金制度は自分の掛け金をプールし自分の年金を受給するシステムではありません。支払者と受給者が異なります。それは前世紀、日本の公的年金制度スタート時点において、掛け金を支払うことなく年金を受け取った第一世代があったということです。

また話は飛びますが、現在地球規模では人口爆発(人口増加)が問題になっているにも関わらず、日本においては少子高齢化が問題視されています。日本は人口密度が極めて高いにも関わらず、まだ人を増やせと叫ばれています。その理由を尋ねると多くの回答は、「社会保障制度、年金制度、社会福祉制度が維持できない」等の回答です。

つまり既存の大人が生きていくために、未存の子供を増やさねばならないという論理でしょうか。言い換えれば、子供の存在は大人の存在のための手段ということでしょうか?

僕は思うのですが、子供は子供自身が生きていくことを目的として生まれるべきではないでしょうか。人格は常に目的として扱われ、決して手段として扱ってはならないと述べたのはカントだったでしょうか。みなさんはどう思われますか?

私たち夫婦は二人暮らしです。親子間の共依存関係は回避することができる一方で、本当に頼れるのは自分しかいないという緊張感を持って将来の想定に努めたいと考えています。

と同時に緊張感を持って将来の想定に努め、選挙では大切な一票を投票したいと思っています。

■ 一足先にエルクがやってきた! by M2017/10/15

エルクのぬいぐるみ
写真はエルクのぬいぐるみです。我が家唯一のぬいぐるみは膝掛けを手にしてソファに座っています。

先週末、薪ストーブの準備のタイミングで、ロフトにある長持から出てきました。冬の間、私たちと共に過ごしてくれるエルク。あどけない表情に気持ちが緩みます。

今はソファでiPadをいじる夫の隣で私の方を見ています。膝掛けを使うとテナガザルのようになるのでそれもまた可笑し。

寒い時期に薪ストーブは体をエルクのぬいぐるみは心を温めてくれます。

■ トムよ、野の草花のように by T2017/10/14

若かりし頃のトム
毎週土曜日の早朝は雨が降っていなければ、僕は2時間余り自転車でロードトレーニングに出かける。その際ラジオをイヤホンで聴きながらのライド。朝7時20分からNHK FMにてピーターバラカン氏の番組「ウィークエンドサンシャイン」を聴きながらのトレーニング。日本広しといえど峠道をシングル固定ギアの自転車で上りながら「ウィークエンドサンシャイン」を愛聴しているのは僕だけだろうな。

今朝は予告通りトム・ペティの追悼特集だった。バラカン氏いわく。追悼のリクエストがこれだけ集まったのは過去最高とのこと。トム・ペティは一般日本人の間ではあまり人気があるとは言えない。でも世界標準で見れば人気が高く、またミュージシャンの間でも評価が高く、ロックの殿堂入りも果たしている。そんなトムのリクエストが極めて多く集まったという事実に僕は嬉しくなった。本当にロックを愛している日本の仲間が多く存在することを。

トム・ペティの音楽はファッション性に走ることなく骨太で芯がしっかりしている。伝えるべきメッセージを直球で投げてくる。トム自身は言っていた。だからと言ってポップの要素を否定してはいけないと。ポップとは大衆のこと、流行やモードについつい流されがちの不安を抱えた大衆。そんな大衆に媚びるわけではないけれど、そんなロクでもない素晴らしき大衆に対し真摯に向き合ってくれたトム・ペティに心から哀悼を捧げます。

トムの歌声を聴きながらの里山道を走っていると、道沿いのセイタカアワダチソウやススキ、その他秋の雑草たちが愛おしく美しく見えてくるから不思議だ。在来種も外来種もすべての愛おしい。美しい。そして本当にたくましい。トムの楽曲「I won't back doun」のように。

■ 屋根裏から床下まで by T2017/10/14

屋根裏ロフト_左側に長持が見えます
昨日の妻の記事について追記です。妻は「我が家は1日活動すれば使わないスペースがない」と書いていました。それは本当です。

まず屋根裏ロフト。ここは物置として活用していますが、今のように季節の変わり目には頻繁に上ります。夏物衣類を収納し冬物を出す、網戸を収納する、毛布を取り出す等々。ここには親戚から頂いた木製長持(懐かしい)があり、この中に夏用布団やゴザが入っています。

次に大梁。五間ものの米松一本梁が吹き抜けの屋根裏を貫いています。幅が約40センチメートルほどありますから上を歩くことができます。煙突の屋根貫通部や妻部分のオペレーターガラス窓など、普通だったら足場や梯子を立てないと届かない場所の掃除をしたりメンテナンスしたりする動線として活躍します。

そして床下ベースメント。我が家の基礎の立ち上げは約2メートルほどありますから、床下にちょっとした空間ができたわけです。欧米の建築物には半地下のいわゆるグランドフロアがあって、ワイン貯蔵庫とかパントリーとして活用されていますが、我が家のベースメントは地面を掘らずに基礎内に作られています。現在は自転車のメンテナンスや冬場の木工作業場所として使われたり、保存野菜や採取種を保管しておくパントリーとして活用されています。また約5メートルの雪吊り用木棒や真竹も収納できます。収納されている上部は何とバスルームです。水洗トイレの床下も植木鉢やコンクリートブロックなどの保管場所になっています。

横五間、縦三間半の長方形で小さい家ですが、隅々活用するように努めています。小さい家ですが廊下や壁などで空間を仕切らないようにすれば、汎用性が高まります。

加えて小さいワンフロアの空間は暖房効率も上がります。我が家の唯一の薪ストーブ(ヨツールF500)はリビングやキッチンはもちろん、寝室(寝室には加えて蓄熱式暖房器がある)、トイレ、洗面所、脱衣場(脱衣場には電気温水器があり更に暖かい)、バスルーム、勝手口などすべての空間をセントラルヒーリングしてくれます。温度差によるヒートショックは防止できます。

小さい家を隅々まで、そして末長く。私たちはかなり欲張りです。

■ 真面目に暖房を考える Part2 by T2017/10/08

1.5シーズン分の薪が収まる薪棚
薪を作って薪をくべ、灰をかき出し掃除する。前回の記事で書きましたが、薪ストーブの一連の作業は僕にとって趣味であり、それが生きるということです。

しかし僕は先天的に手間ひまを惜しまないようなマメマメとした性格・気質では決してありません。後天的に手間をかけることの方が合理的であり有得的だと学習判断したからにすぎません。根本的に僕は損をするのが大嫌いで極めて利己的です。

手間をかける暮らしに軌道修正することになったあるキッカケがあります。

ずいぶん前になりますが、妻の実家でのことです。石川県の津幡町に住む義叔母と妻の両親、そして私たち夫婦がいました。
「北陸は雪が積もらなきゃ良いんだけど。あの雪かきが嫌だわよね」と義叔母
それに対し義父が
「それがいいんだ!」と短く一言。

そういえば義父は納屋のコンクリート土間を掃いたり、網戸を洗ったり、当然雪かきしたりと、日々淡々。したいしたくないという尺度ではなく、いわばすべきか否かといった尺度で行動を決めていた感がありました。感情が行動を決定するのではなく、自らの行動規範が行動を決定すると表現できるでしょうか。整理する、元に戻す、掃除する、結果として無駄が少なく合理的で、後日有得なのです。且つ気持ちが良い。パラドックスですが、感情に左右されない方が結果気持ちが良い(感情が良くなる)のです。

それからでしょうか。少し自分も変わったのが。

それがいいんだ、それが生きるということなんだ。

僕にとって生きる目的は生き続けること、生存し続けることです。生存し続けることとは体温を一定に保つこと。とりわけ寒い時期は暖を取り保温すること。よって薪を燃やし暖をとる。ただそれだけのことです。

■ 農作業の「大変さ?」を体験! by M2017/10/07

お米に感謝!
昨日のラジオニュースで富山市内の小学生が昔ながらの稲刈り体験したという報道がありました。 地元の小学生たちが、田んぼで鎌を使った稲刈りと、刈り取った稲を天日に干す、昔ながらの農作業に取り組んだとのこと。

農作業の大変さを知り、食べ物を大切にする 気持ちを育むことが目的とのことでした。私の脳は??????で一杯になってしまいました。秋晴れの空の下、鎌を使った稲刈りって私にとっては楽しそうな作業なんですけど…。やったことが目に見えて達成感を容易に得られる点がその際たる理由です。雪かきもしかり。

それって甘い考えなのでしょうか?
兼業で稲作をしている弟は週末に田んぼに出るのを楽しんでいるところもあります。それを大変さを知ることが目的となると、ただでさえ後継者不足に悩まされている第一次産業の衰退に拍車がかかりませんか?農作業は大変という多数の大人の認識が、無垢の小学生の認識づくりの一端を担っているように思えました。

ラジオに限らず、言動の裏には無意識のメッセージが見え隠れすることがあります。この報道もその一つだったような気がするのですが…いかがでしょうか?

■ 生命の水 by T2017/10/05

ボウモア26年
ひと雨ごとに秋が深まっていきます。これからの時期、富山は曇天が多くなっていきます。夏の雨と異なり、秋のこぬか雨が我が家のパヴェ(石畳)をしっとり濡らすと、まるでアイルランドやU.K.の森の小径のようです。

だから富山の風景と天気にはウィスキーがとても似合うと僕は思います。特にスコッチウィスキーが絵になります。その理由は富山は海あり山ありだからです。スコッチウィスキーも海系のハードなアイランズ・シングルモルトと丘陵系のエレガントなスペイサイド・シングルモルトがあって、その時の気分によって楽しめるからです。

僕がスコッチのシングルモルトを飲み始めた当初は、スモーキーな海系を飲んでいました。ボウモアやラフロイグ、アードベックなどのスモーキーなシングルモルトはその個性が明快でパンチが効いていたからです。薪ストーブライフにも相性が良かった。また住まいが里山にあるためその対極としての海の要素に惹かれたのかもしれません。要はバランスの問題です。

ところが最近は、ノンピート・ノンスモーキーなスペイサイドやローランドのシングルモルトに趣向が移行しつつあります。ザ・グレンリヴェットやオーヘントッシャンなどの、一見ライトで控えめな印象にも思えますが、ピート臭で誤魔化さず「いつか本当の大人になればこの良さが分かるはず」と決して自ら強引なセールスをしてこない紳士的なシングルモルトに惹かれつつあります。実はこちらのシングルモルトの方が和食を頂いた後の食後酒として相性が良いと思われます。

どちらが勝っているということではありません。その時その時の状況と気分で楽しめば良いと思っています。

ただ、「一本だけ選ぶとしたら?」と尋ねられたら、今現在の僕は、タリスカーとラガヴーリンを選びます。同点一位で甲乙付け難く二本になりました。タリスカーもラガヴーリンも共に海系ですね。

今回の記事はマニアックなウンチク系になりました。謝謝

参考:ウィスキーという言葉はウシュクベーハ(Uisge Beatha)というゲール語(スコットランドの母国語)からきており、ウシュクは水、ベーハは生命という意味だそうです。つまりウィスキーとは「生命の水」という意味です。

写真説明:ボウモア26年、箱の切り抜きです。2009年に妻の両親がスコットランドと湖水地方を旅行した時のお土産です。かなり苦労してお店と交渉し買ってきてくれた秀逸品。最高に楽しませてもらいました。

■ 第4クオーター突入 by T2017/10/02

我が家のスーパーマーケット?!
今年も最終クオーターに入りました。マラソンで言えば30キロ過ぎ。これからが本当のマラソンという距離区間いわばゾーンに突入です。

さて恒例のごとく第3クオーター終了時(9カ月間)のデータです。

・スーパーマーケットへ行った回数:1回
・外食回数:30回
・購入したビール本数:8本/350ml
・飲んだワインの本数:39本
・購入した書籍新聞冊数:3冊

スーパーマーケットへ行った回数は、昨年の2回を下回るペースです。ここまでのレベルになると、もはや私たち夫婦のライフスタイルにはスーパーマーケットは必要ないということでしょう。レジの仕方を忘れてしまいました。

外食回数は、熊野古道へ旅行したため多くなりました。とはいうものの1日3食で合計819食中の30食。我が家の外食の定義は家で調理しない食事ですから、ベーカリーでカツサンドを買ってきて家で食べたのも外食としてカウントしています。

先日あることに気が付きました。それはこういうことです。21世紀に入って私たち夫婦は回転寿司屋さんに入ったことが一度も無いという事実です。

ビールは購入したビール本数ですから、盆正月や宴会のビールは別です。それと比較してワインは一週間に夫婦で1本空けるので39本。1本1000〜2000円なので一人当たり多く見積もって1000円/週。毎日ビールは無論発泡酒を飲むより価格的に安いと思われます。

書籍はウェブで購入した本が2冊(コルビュジエ著『小さな家』とオットーシャーマー著『U理論』)、書店で購入した本が1冊(『地球の歩き方スコットランド湖水地方』)。我が家の読書の95パーセント以上は図書館の書籍に依存しています。読書ペースは週に2〜3冊のペースです。少なくとも時間の洗礼を受けたロングセラーの古典良書は図書館から無料で借りることができるということでしょう。本当の人類共有の世界遺産とはビジネスとは一線を画していると思われます。

今年もあと3カ月です。終盤に失速しないよう気を引き締めてシンプルライフを続けたいと思います。