One’s Way[ワンズウェイ]のブログでは、里山暮らしのあれこれを綴ります。ヘンリー・ デイヴィッド・ソロー の影響を受け、エシカルな暮らしを追求中。薪ストーブを暮らしの核とし、菜園、ガーデニング、サイクリング、ランニングなどを楽しんでします。

■ 校倉造(あぜくらづくり) 先人の知恵 by T2017/12/08

加湿器
寒い時期は薪ストーブで暖房すると室内が乾燥します。エアコンやFF式ファンヒーターほどではないにしても、室内湿度は50%ほどになります。

我が家には廊下というスペースがありません。せいぜい開戸で空間を仕切るワンフロア作りなので、使用後の置き式バスルームの扉を解放しておいたり、キッチンでの調理、洗濯物を干したりして家の中を調湿します。加えて薪ストーブ上に鉄製の加湿器やポットを置いて加湿します。

しかし室内の調湿はそれだけではありません。我が家ではスギの床板、柱、野地板やベイマツの梁、垂木などが水蒸気の多い夏場は湿気を吸収し膨張し、水蒸気の少ない冬場は湿気を放出し収縮してくれます。壁はビニールクロス張りを一切せず漆喰の塗り壁というのも調湿効果があります。また、柱をプラスターボードで覆い隠す大壁にせず、柱を露出させ、柱が調湿呼吸できるように真壁にしたのも正解でした。

来客の中には、我が家を西洋っぽいとかログハウスとかコメントされる方がいらっしゃいます。しかし真壁・漆喰は典型的な和風建築だと僕は思うのですが、いかがでしょうか?ログハウスっぽいという印象は合板を使わない無垢の木仕様から来ているのかもしれません。我が家は柱を立て梁を渡す在来工法で、アンカーボルトと火打留めのボルト以外はほぞ穴・コミセンの木組みです。

ログハウスといえば、家の構想をしていた20年ほど前、奈良東大寺の正倉院における校倉造(あぜくらづくり)から天然木の調湿効果がいかに絶大であるかを学びました。校倉造はログハウスと同様、天然木材を下から積み上げて壁を作っていく構造です。私たちは校倉造のログハウス構造に関しては採用しませんでしたが、天然木の持つ調湿呼吸効果からは大いに学びました。ちなみに正倉院も高床倉庫建築です。

雪の多い富山の冬、洗濯物もよく乾きつつ調湿できること、それも機械や過剰なエネルギーを消費しないでパッシヴに調湿できることに関して、この家と薪ストーブ、それに、家の建築に尽力して下さった天野一男設計士と宮田義行・邦彦棟梁に、本当に感謝しています。

追伸 : 加湿器の無い場合、電気ポットの蓋を開け加湿する方法を知人に教えてもらいました。職場オフィスはエアコン暖房なので早速採用させてもらいました。自宅には電気ポットが無いのでできません。

■ 圧倒的な差! by M2017/12/03

松本市 草間邸
薪ストーブが絵になる場所で家を建てたいと土地探しと家づくりに関する情報収集を始めたのは結婚直後1990年代初頭でした。当時はまだインターネットは一般化しておらず、情報収集の頼りは本や雑誌、イベント、人伝と言ったとこでした。

今と比べると非効率な感じが否めません。しかし、昨日記事にした書籍『二百年もつ家がほしい』と出会ったのは情報収集中だったようです。夫が思い出してくれました。

当時は休日になると、決まって出かける場所がありました。一つは県立図書館です。目的はもちろん情報収集でした。『二百年もつ家がほしい』は県立図書館の本棚で見つけたのでした。図書館には一般書の他、専門書が充実しているところが魅力でした。商業ベースに乗る以前の建築の基本的なことを知る書籍や雑誌も、素人の私たちにとっては充実していました。

専門雑誌を手に取り興味がある記事を読んだり、調べたりしていたことも思い出してきました。中には自分で購入した専門雑誌もありました。そこには本質的なことが書かれているので、住宅フェアや展示場の営業マンに質問しても答えてもらえないことも書かれていました。

情報は容易には手に入りませんでしたが、時間と手間をかけて収集した情報は私たちの血肉となったようです。

さらに人伝に富山県内の様々な場所へも行きました。目的は、薪ストーブが絵になる場所探しであったり、環境に配慮した家を建てている方を訪ねたり…。五箇山の合掌造り、愛知県の明治村、神奈川県の三渓園、東京都小金井市の江戸東京たてもの園にも行きました。

人伝に聞いた情報を確認するために、あるいは更に情報収集するために、年に1回ほどのペースで県外へも出向いていました。

この家に移り住んでからはすっかり出かけることが減りました。この土地とこの家が心地よいのはもちろんですが、情報収集の必要性が格段に減ったからだと思います。

時代は移り技術の進歩で情報収集は最も簡単にクリック一つでできるようになりました。しかし、本物の情報を得るとなると、実体験にかなうものはないと確信を持てます。

写真は松本市にある草間邸。
1960年代から古民家再生に取り組んでいた松本市在住の建築家降幡廣信氏が手がけられた住宅が載っている書籍です。松本まで出かけて、降幡廣信氏ご本人にお会いし、手がけられた住宅を数件見せていただきました。その中にこの草間邸もありました。これも射水市在住の設計士内記悦子さんとの出会いをきっかけにご縁が繋がりお会いすることができたのです。

■ きっかけは『二百年もつ家が欲しい』 by M2017/12/02

二百年もつ家がほしい
今朝の記事で家づくりのバイブルは雑誌「チルチンびと」と書きました。改めて、本棚を眺めると、それ以前に影響を受けた書籍『二百年もつ家がほしい』が「チルチンびとの前に僕でしょう!」と語りかけてきました。

この本を手にしたきっかけは思い出せませんが、結婚直後、いつかは家を持ちたい、家を建てたいと思った直後に購入したような気がします。

出版年は1988年、購入したものは1991年9月10日第6刷と記されていました。

建築に関しては全くの素人の著者伊藤勝さんの家づくり奮闘記です。細かい記述は忘れました。ただ、影響を受けた事実だけは、強く記憶に残っています。雑誌やテレビコマーシャル、住宅展示場など、一般の人が家を建てようと思った時に容易に得られる情報では、二百年もつ家は建てられないということはすぐに理解できました。

二百年後は私たちはこの世にいません。それなのに二百年もつ家を建てる必要はないだろうと言われればそれまでです。ただ、私たちは、午前中にあげた記事に書いたように環境問題に関心があり、アレルギーがあり、健康に安心して暮らせる家に住むことを望んでいました。また、日本の木造建築が千年を超えて残っているにも関わらず、現代の住居が一世代、つまり30年もたないことへの懐疑もありました。

プラス夫には薪ストーブが絵になる家という一番の夢があったのですが…。

夫が記事にした高床式、軒を出すなどの要望の発端も元をたどればこの『二百年もつ家がほしい』だったのかもしれません。

「オリジナルなんてない」ということを聞くことがあります。我が家もオリジナルなのではなく、先人の知識や技術をそれぞれの立場でインプットして、施主である私たちと設計士の天野さん、そして大工の宮田さんのアウトプットの結晶が我が家”One’s Way”なのかなあと、今更ながら思っています。

■ バイブルは「チルチンびと」 by M2017/12/02

雑誌「チルチンびと」創刊号-第19号
雑誌「チルチンびと」を知ったのは1997年の夏の終わり、ドイツの環境メッセが取り上げられた創刊2号が出版された直後でした。当時、家づくりの相談にのっていただいていた設計士の内記悦子さんに教えてもらいました。

1990年代の初頭、私たちは食の安全を皮切りに環境問題に関心を持ち始めていました。その流れで住まいの安全についても考えるようになっていたのです。

始めて手にした「チルチンびと」に書かれていた「チルチンびと宣言」に私たちの魂は射抜かれました!直ぐに創刊号を取り寄せて、その後の家づくりのバイブルにしたのです。

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私は小さな家をつくろうと思う。
簡素な家をつくろうと思う。
とても普通だけど幸せな家を。

私は風を感じる家をつくろうと思う。
雨の音が静かに響く家をつくろうと思う。
都会にあっても自然と寄り添う家を。

たとえば、
そんな「私」がチルチンびとである。

私は故郷になる家をつくろうと思う。
ずっと愛していける家をつくろうと思う。
時間とともに美しくうつろう家を。

私はマナーのいい家をつくろうと思う。
ルールを守った家をつくろうと思う。
街に社会に時代に調和する家を。

たとえば、
そんな「私」がチルチンびとである。

誰かがつくった夢をもらうのではなく、
隣を横目で覗くのでもなく、
自分の主張としての、自分の生き方としての
私の家をつくっていこう。

たとえば、
そんな「私」がチルチンびとである。
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「チルチンびと」に出会えたことに悦びを、「チルチンびと」を教えてくださった内記悦子さんに感謝を!

写真は創刊から新居への入居1年までの間、住まいと生き方のバイブルとして購入した雑誌「チルチンびと」です。

■ 竪穴住居と高床倉庫 by T2017/12/01

高床式の我が家_2014年5月
日本人ならば小中学校の歴史の授業で、弥生時代の暮らしを学んだことでしょう。そこでは、人々は穴を掘り掘立柱を立て草で屋根を葺いた竪穴住居に住まい、稲作で収穫した米を高床倉庫と現在呼ばれている床下が通風する建造物に保管したと説明を受けました。

先日ある中学生が話していました。

「大切な米を高床倉庫に保管するんだったら、人間自身も高床倉庫に暮らせば良いのに。米のために好環境ならば人間にとっても良い環境でしょうが。」と。

鋭い指摘です。僕も同感です。竪穴住居よりも高床倉庫の方が建造に手間がかかることや、高床倉庫内で火を燃やすことが困難なことなど、克服すべき難点はいろいろあると思われますが、それをクリアできるのであれば高床の方が快適かつ家も長寿命です。現在は自立型の鋳鉄製薪ストーブがあるので、床上に炉床を設置することが容易です。

実際にその後の歴史を眺めていくと、神社・仏閣、貴族の神殿造り、武士の館等々、礎石の上に束を立て、地面から上がった床下を常に風が通る住空間が主流になっていきます。

ところが最近の住宅を見てみると、コンクリート布基礎はあるものの通風口の無い住宅が多くなってきているようです。床下暖房などの設置がその理由なのでしょうか。

よって現在の日本住宅は、地面直接ではないものの地面により近くなってきているように思います。それは弥生時代の住まい、すなわち人々がスピーディに建造することができた竪穴住居に戻っていくような感を覚えます。半地下の温度変化の少ない、しかし風が通らないグランドフロアに家に。

各人考えも多様ですから、自分の考えを押し付けることは控えたいと思います。個人的には、僕は高床倉庫のように床下を風が通り、床下の配管メンテナンスのしやすい造りを選択します。

現在の我が家は、高床倉庫にヨツールのF500薪ストーブを自立させ、縄文弥生人の如く炎を良き友として私たちは生活しています。

「文明人とは、経験を積んだ未開人である。」 ヘンリーDソロー

■ いつになったら完成するのだろう… by M2017/12/01

今の家に住み始めた当初数年、テレビ番組や雑誌の取材を何度か受けました。その時に夫が「この家に完成はありません」とレポーターの質問に答えていたことを思い出しました。

変化し続ける家なのです。

トイレにドアがない!
実際、住み始めた時は建具が全くありませんでした。トイレにも!玄関はありますが、道路からのアプローチ(橋)がかかっておらず、開かずの玄関。その後、木製の橋をかけました。さらに、デッキの素材を変更したり、玄関アプローチの橋を木製から金属製に架け替えたり、床下をコンクリート土間打ちにしたり…
玄関を使えない!

この後も、デッキを伸ばしたり、車庫を土間打ちにしたり、やりたい事が次々と出てきています。夫はワイン・カーヴをベースメント空間に作りたいようですが…。

設計士の天野さんに作っていただいた設計図も、構造部分以外は可塑性に富んだものでした。ですから、階段はデザインから施工まで大工の宮田さんにお願いしました。キッチンキャビネットは、bue-dueのたまちゃんに4年前に作ってもらいました。設計図には描かれているけれど、未だ備わっていない設備はまだあります。

この分ですと、夫の言う通り、この家は永遠に完成しなさそうです。

今読んでいる書籍”THE STRATEGIST”[ハーバード戦略教室]に書かれていることとも通じる部分があるような気がします。ハーバード・ビジネス・スクール教授が一般向けに記した本です。その一説「コントロールしきれない偶然性を受け入れ、心を柔軟にし、自信に満ちた知恵ではなく、謙虚な知恵を育むこと」をストラジスト、組織のリーダーに説いています。

「選択の自由」がある中で、どのような家にしたいかという「哲学」を明確にしながら、偶然を受け入れて、変化を厭わない姿勢を持ち続ければ、我が家はさらに進化するのでしょう。

■ 家飲み高じてカーヴ? by T2017/11/30

将来カーヴになる予定
週末、街に出かけたついでに、ワイン卸商「カーヴ・ロンド」へ予約してあった赤ワインを受け取りに立ち寄りました。

里山に住んで17年、街でお酒を飲んでくることがほとんど無くなりました。飲むのは週末中心の専ら家飲み。夫婦共々お酒が好きなので、夕食はワインボトルの半分で、好きな音楽を聴きながら2時間ぐらいかけて飲食を楽しんでいます。

公共交通機関の不便な里山暮らしということもあり、飲食費やタクシーなどの交通費に出費する代わりに、自分で吟味したお酒そのものに投資する方が、コストパフォーマンスが高いのではないかと思うわけです。

富山市内にある「カーヴ・ロンド」は、レストランなど業者相手のワイン卸商です。日曜日のみ一般購入ができます。会員になればお知らせが郵送され、毎月一回のワイン試飲会情報を得ることができます。

カーヴ(cave)とはフランス語でワイン地下貯蔵庫のこと。「カーヴ・ロンド」は地下ではありませんが、コンクリート打ち放しの空きビルを改装したような建物で、中に入るとヒンヤリ感があります。なかなか味のある空間で僕は好きです。

我が家One’s Wayでも、コンクリート基礎内の通称ベースメント空間に、ワイン保冷庫を設置してカーヴスペースを作ることを将来的に考えています。17年間外飲みを節約した分でカーヴ制作費は捻出できていることでしょう。マイ・カーヴができると益々家飲みが増えそうです。

写真はベースメント内の将来カーヴになる予定の空間。天井は一階の床下で、現在野菜や採取種の保管場所です。

■ ようこそ、こだまスツール by T2017/11/09

こだまのカップル
前々から購入しようと思いつつ、先延ばしされてきたbue-due作の木製スツールをようやく手に入れました。

名前はこだまスツール(木霊スツール)。命名者は僕です。勝手にそう呼んでいます。10年ほど前でしょうか。このスツールを一目見て大好きになりました。ようこそ、こだまスツール!

映画『もののけ姫』のキャラクターの「こだま」に似ているところから名付けました。

材質はカツラ。とても素直で加工しやすい材です。One’s Wayの庭にもカツラの木があります。ハート型の葉っぱをしており、木漏れ日が涼しげ、黄葉も綺麗です。清水の湧き出るようなところに自生しています。

One’s Wayの庭では、遣水(やりみず)近くに株立ちで植わっています。西日と道路からの視線を適度に遮ってくれています。庭の役木で言うところの夕陽木(せきようぼく:庭の西にある落葉樹)です。

森林浴とかフィトンチッドとか色々な言葉で表現されていますが、要するに私達は森の精霊こだまに守られて生かされているというわけです。

■ ようこそ、わが家へ by M2017/10/30

bue-due製作のTVラック
今日の午前中にbue-dueのたまちゃんと奥様が新しいTVラックの搬入に来てくださいました。

写真のTVラックは赤松製。bue-dueにオーダーしたものです。結婚時にKAKIで作ってもらったドレッサーに高さと奥行きを併せて作ってもらいました。幅は蓄熱式暖房機から15cm以上の隙間ができるように…。

さらにたまちゃんの工夫で棚の裏側はコードが邪魔にならないように空間がとってあります。要望以上の作品をいつもたまちゃんは作ってくださいます。

広島県因島出身のたまちゃんとの出会いはこちらの記事を…
http://onesway.asablo.jp/blog/2017/04/05/8445980

たまちゃんについて詳しくはOne’s Way- それぞれのあたりまえ -のサイトで…
http://www.ne.jp/asahi/ones/way/recommend.html#rec_buedue

■ 台風23号の体験から危機管理を考える by M2017/10/23

危機管理としての原始的なガスコンロ
2004年10月台風23号が日本列島を直撃しました。台風被害が比較的少ないと言われるここ富山でも大きな被害が出ました。

富山の里山に越して4年目でしたが、その時の記憶は鮮明に残っています。当時は我が家の周囲には杉林がたくさんありました。それらは戦後植林されたものと聞いていました。当時は手入れされることもなく鬱蒼と茂っていました。その杉の木が、突風でバキバキと倒れたのです。

富山では比較的吹くことが少ない北東の風でした。それも被害が大きくなった要因だと思います。散居村で有名な砺波平野では防風林(カイニョと呼ばれます)の木が倒れ大きな被害が生じました。

街から私たちが住む里山へ通じる唯一の県道でも倒木で電線が切れ停電が20時間ほど続きました。その時はわが家の原始的なガスコンロが大活躍しました。電気は全く使わないのでいつも通りに料理ができたのです。

当時は私はフルタイムで働いていました。電気は使えませんでしたが、出勤前に朝ごはんを作って食べられました。帰宅時はまだ電気は復旧していませんでしたが、暗い中で夕ご飯もいつも通りに作って食べることができました。

それから13年、昨日から日本列島に被害をもたらしている台風21号では今の所、我が家で被害は見受けられません。停電もありません。ほっとすると同時にこの原始的なガスコンロ、危機管理として使い続けた方がいいのかなあと改めて思っています。