One’s Way[ワンズウェイ]のブログでは、里山暮らしのあれこれを綴ります。ヘンリー・ デイヴィッド・ソロー の影響を受け、エシカルな暮らしを追求中。薪ストーブを暮らしの核とし、菜園、ガーデニング、サイクリング、ランニングなどを楽しんでします。

■ 環境が「見え方」を変える? by M2018/04/04

レンギョウとシロモジ

写真はレンギョウとシロモジです。庭で花の盛りを迎えています。煩い枝を切ってきて活けてみました。煩い枝でも活ければ、それなりの姿に…。

人間も同じかもしれません。環境によって見え方が変わことがあります。ある場所では輝いていた人が、場が変わると輝きを失ってしまったり、その逆もあります。

人間は場所を移動して環境を変えることができますが、植物は移動できません。根づいた場で生きていく宿命にあります。たまたま私が枝を折り、屋内に持ち帰ったことで、煩い姿だった枝がその姿を輝かせています。

環境の方がある人の輝きを失わせているとしたら、それはその人のせいではなく、環境のせいかも…。たまたま知人に勧められて読んでいる辻村深月著『かがみの孤城』からもそのようなことを読み取れるような気がします。

■ こなら姫というよりも by T2018/03/23

『だれかが風の中で』のシングル盤表紙
妻が今朝記事にした金山里山の会で栽培している原木椎茸、その名もこなら姫を眺めていると、何故か姫が木枯らし紋次郎に見えてきた。

僕が小さかった時、好きだった時代劇は、小川真由美の女ねずみ小僧と中村敦夫の木枯らし紋次郎

三度笠と長楊子と道中合羽の旅姿で、「あっしにゃ関わりのねえこって」のセリフ
他人とのベタベタした関係を極力避け、ニヒルに独力で善を行う。

くもは焼け 道は乾き
日はいつまでも沈まない
こころはむかし死んだ。
ほほえみには会ったこともない
きのうなんか知らない
きょうは旅をひとり
けれどもどこかで
おまえは待っていてくれる
きっとおまえは風の中で待っている

血は流れ 皮は裂ける
痛みは生きているしるしだ
いくつ峠をこえた
どこにもふるさとはない
泣くやつはだれだ
このうえ何が欲しい
けれどもどこかでおまえは待っていてくれる
きっとおまえは風の中で待っている

写真は、上條恒彦の歌う『だれかが風の中で』のシングル盤表紙

■ 後ろを向きながら前に進もう by T2018/03/21

『人体600万年史−科学が明かす進化・健康・疾病』
この言葉はハーバード大学人類進化生物学教授ダニエル・E・リーバーマン氏の著書『人体600万年史−科学が明かす進化・健康・疾病』の最終章の言葉である。

適者生存といった生物進化の大原則に従えば、現代の食環境、高速交通、空調環境、労働環境、清潔無菌環境など、便利で快適な生活環境に最も適応している人間が、果たして将来生存繁殖していくということであろうか?

無論、氏は否定的である。その理由は、現代の環境変化とは自然による自然環境の変化よりも、人間による自然・文化・社会の変化が急激で大きいからである。つまり種や遺伝子の自然選択が引き起こされるような生物進化というものが到底ついていけないようなスピードでの自然・文化・社会変化であり、そこには今まで人間が経験したことのないようなミスマッチが生じているとする。

例えば、肥満、生活習慣病、心臓病、感染症、骨粗鬆症などは、現代の便利で快適な生活環境に最も適応し、どっぷり浸かれば浸かるほど、身体的に最も不適応を起こした結果というわけだ。

このようなミスマッチ病を現代テクノロジーや現代医学は将来的に完璧に克服してくれるとは楽観的に思えない。そこまで頭脳は筋肉(身体)を支配できていないと氏は述べる。

私たちが取るべき道は、過去の原始生活に戻ることではなく、過去の原始生活の中で人類がどのような過程や試練を通じて現在の身体を作り上げてきたのかを認識し、身体的適応範囲内で自らを管理して、便利で快適な文化的生活を享受する道であると主張する。

歴史を学ぶという意味は、正にそういうことなんだろうと思う。
目指せ、賢い原始人!

■ 料理は最速のファストフード by T2018/03/20

最速のファストフード
先述の著書『火の賜物』で、人間は料理することによって食材から効率的に栄養を摂取できるようになったという論を紹介しました。

このことは吸収できる栄養量を増やすだけでなく、食べ物を咀嚼・消化するための時間の節約にもつながりました。人間は他の哺乳類に比べて脳が大きいですが、逆に胃腸消化器官が極めて短いそうです。食材を加熱料理することは多量の栄養を少ない労力とエネルギーで、しかも極めて短時間に消化吸収できるようになったということです。

では自分の時間を使って自分で料理するよりも、出来上がった料理を購入したり外食したり、それこそファストフードを食べたりすれば、更に短時間で栄養摂取でき、自分の時間を更に確保できると言えるでしょうか?

僕はそう思いません。加工食品や外食品には他の人間の時間と労力がコストとして加算されており、そのコストを捻出するために購入者は他の場面で時間と労力をかけお金を稼がなければなりません。よって私たちは原始人よりも自分の時間確保が困難になり忙しい暮らしを余儀なくされているようです。

最後に勝利するのはウサギではなくカメのように、ゆっくり丁寧に身の丈で暮らすのが、最終的に効率的・効果的なのではないでしょうか。

でも問題は、自分の自由な時間を確保できたといったところで、その自由な時間をどう活用すればよいか悩んでしまうという問題も生じているようです。ゆとり教育が頓挫したように、大人そのものが時間をどう主体的に活用すればよいか未学習というわけです。その話はまた後日一緒に考えていきましょう。

■ 火と料理 by T2018/03/17

『Catching Fire (火の賜物ーヒトは料理で進化した)』リチャード・ランガム著
英語の諺に You are what you eat.(あなたとは、あなたが食べたモノである。)というフレーズがある。しかし正確に言うならば、
You are what you assimilate.(あなたとは、あなたが消化吸収したモノである。)であろう。人間にとって食べたモノが、全て消化できるとは限らない。

『Catching Fire (火の賜物ーヒトは料理で進化した)』リチャード・ランガム著 2010は、そんな主張をする本であった。

牛は草食動物、ライオンは肉食動物、イノシシは肉草雑食動物、では人間は?
人間は料理食動物である、というわけである。料理とは生の食材を火によって加熱変成させる行動である。人間は生の食材を消化しきることができない。火による料理によって我々は食材に含まれる栄養分をより効率的に消化吸収できる食料にすることができ、しかも生命を脅かす細菌類から身を守ることができる。

人間の知性や長時間歩行・走行能力も、料理から効率的に消化吸収したエネルギーによって脳を発達させ、身体能力を高めてきたと考えられる。人間の定義には二足歩行や言語使用、道具使用等様々な定義が存在するが、ハーヴァード大学教授の著者は人類を「料理するヒト」と定義する。

各人の生きる目的が、考えることや創造活動等いかなるものであったとしても、その基本には効率よくエネルギーを摂取することが必要条件であり、つまり、火を使い料理すること自体が生きることと認識できる。

「2人が100歳と101歳になっても、朝のコーヒー、1日3回の食事、変わらず続けていこうね。一緒に。」
妻は、先述のハッピーレターそしてハッピーショートムービーの中で述べていた。この言葉がとても含蓄のあるメッセージに思えてきた。

僕が火を焚き、妻が料理する。私たちが人間であり続ける限り。

■ 人間辞めたい by M2018/03/07

雪が残る里山の風景
夫の記事に触発されて、私も石牟礼道子著『苦海浄土 わが水俣病』を読みました。その中で筆者が「人間を辞めたくなりました」と書いていました。私も昨今の社会情勢に同様の感情を抱いています。

作品が発表されてから50年近くが経過してるのですが、日本人の本質はあまり変わっていないのではないかと思います。著者の石牟礼さんは作品の中で足尾銅山鉱毒事件から70年を経過しても変わっていない社会を憂いていました。それから半世紀を経ても未だですので120年、1世紀以上日本社会の本質は変わっていないのでしょうか。

「人間辞めたい、その前に日本人を辞めたい。」
夫の口癖ですが、この本は私にもそう思わせる何かがありました。

写真は今朝の里山の風景です。今年は白鳥がまだ石畑池に滞留中。白鳥がシベリアに帰る日はそこまできていることでしょう。

■ 苦海浄土 by T2018/03/06

苦海浄土
石牟礼道子氏の『苦海浄土 わが水俣病』を読んだ。1969年の著作である。石牟礼氏は今年2月10日に90歳で亡くなった。社説で石牟礼氏の死を取り上げたのは毎日新聞と朝日新聞の2社のみであったそうだ。

1969年といえば、イーグルスが『ホテルカリフォルニア』の歌詞の中で、「1969年以降、当ホテルにはワインを置いていません」と語っているように、ロックの魂が資本主義の巨大ビジネスに売り飛ばされた時期でもある。

「日本資本主義がさらなる苛酷度をもって繁栄の名のもとに食い尽くすものは、もはや直接個人のいのちそのものであることを、私たちは知る。」 (同著)

福島原発放射能汚染が未解決であるにもかかわらず、その「私たち」の1人である私は、便利で安逸な暮らしレベルを維持したいがために、黙秘を続け見て見ぬ振りを続けている。

日本資本主義は私そのものである。

■ 何を選び、何を選ばないか by M2018/02/21

シェーカーの影響
写真は、シェーカーの建築や家具、工芸品等を紹介した本で、結婚当初に購入したものです。奥にはシェーカーの仕事を代表するオーバルボックスが写っています。

家を建てるに当たって情報を収集していた頃に出会った本。実用性を備えた美しいシェーカーデザインの虜になりました。シェーカーの建築を模した家を建てることを考えた時期もあったほどです。最小限の機能を備えた優美なデザインに感化されました。

私たちが家を建てるに当たって参考にしたものは多々ありますが共通事項として、簡素であること、機能的であること、美しいこと、時間の経過に耐えうることが挙げられるのではないかと思います。

家、インテリアetc. 全てが私たちのアウトプットの結果です。インプットの多くは書籍と体験。それらは固有のものではありません。同じ本を読んだ人は世界中に大勢いることでしょう。同じような体験をしている人もいるはずです。しかし、インプットされた情報が個人という容器の中で再構築され、表出されたものは固有のものになるのです。同じ家、同じインテリア、同じ暮らしをしている人は、この世界には誰一人いないのはそういうことですよね。

とても面白いことだと思います。何を選び、何を選ばないのか。何を優先し、何を優先しないのか。一人ひとりの価値観が異なるから固有になるのです。

家にしろ、インテリアにしろ、見えているものはアウトプットされたものだけ。その奥には生きた時間分の体験と選択が隠れていると考えると、違って見えてはきませんか?

■ 音と視覚の暖かさ by T2018/02/13

KAKIのオーディオ・ラック
寒い日に聴く音楽があります。それはサッチモの歌声とトランペット。サッチモことルイ・アームストロングの音色が流れると気温が確実に2度は上昇する気分。今流れているのは1956年、エラ・フィッツジェラルドとの共演音源CD。

我が家ではCDもLPもレコードと認識していますが、寒い夜、少しでも暖かさを求める時は、やっぱりLPアナログ・レコードが良いですね。というわけで、ビル・エヴァンズ・トリオの『ポートレート・イン、ジャズ』に変更。

ターンテーブルを回転するレコード、薪ストーブの揺らめく炎、雪明かりの青い夜。

プレーヤーとアンプを納めているのは、KAKIのオーディオ・ラック。現在はKAKIを独立しbud-dueを設立したタマちゃんが作ってくれました。その事実も暖かさの熱源です。

■ 草葺きと瓦葺き by T2018/02/08

宮本常一著『日本人の住まい』についての続きです。

今回は屋根の葺き方についてです。和風(日本風)住宅と言えば瓦葺きだいう認識があるとするならば、それは明らかに誤りだと僕は思います。瓦葺きは6世紀に仏教と共に朝鮮半島より伝来しました。日本列島で現存する最も古い瓦屋根は、奈良市にある元興寺の屋根(の一部)です。一度私たち夫婦も見学したことがあります。そこだけ瓦の色が異なっていました。これはもともと蘇我馬子が飛鳥に建てた飛鳥寺の瓦を移したもので、まさに聖徳太子の時代、仏教伝来の時代のものです。仏教は大陸からの外来文化でして日本発祥のものではありません。同様に瓦も大陸文化の一つです。

では日本古来の神様信仰、神社建築はどうでしょうか?伊勢神宮の萱葺きや出雲大社の檜皮葺きなど、古く由緒正しい神社は決して瓦葺きではありません。そう考えると、草葺きの古民家の方がより和風(日本風)と言えるでしょう。

明治時代になるまで、庶民は瓦葺きが許可されませんでした。農民は草葺き、町民の町屋は板葺きでした。でもこちらの方が日本の神々の系統を引く伝統的屋根だったのです。近現代になり、瓦の大量生産が可能となり庶民の瓦屋根住宅が多くなりました。

僕は当初から瓦屋根に興味がありませんでした。かといって維持管理の面から草葺きにしようとも思いませんでしたが、伝統的な草葺きの要素を取り入れ、軽量で雨流れの良い傾斜のあるステンレス屋根を選択しました。そして軒を出し、雨樋を付けない屋根を選択しました。雨樋は草葺き屋根に存在しません。当然伊勢神宮にもありません。

私たち夫婦が瓦を選択しなかった理由は、雨対策、雪対策、防風対策、そして地震対策です。瓦は重い。そしてずれる。ずれると雨漏りします。日本は雨が多いのです。また雪が積もるとさらに重くなります。富山は雪が多いのです。重いところに地震がやって来ると家が潰れる心配があります。日本は地震がとても多いのです。雨雪が多く地震の多い日本の風土には、やっぱり日本古来の伝統的草葺き屋根から学ぶのが良いと考えました。

自分の住む地域の風土や条件を考慮して合理的に家造りを考える場合、歴史から学ぶことはとても有効だと思います。

「自分の歴史を忘れた民族は滅ぶ。」 A.トインビー(歴史家)


屋根の積雪0cm
写真説明 :久々の豪雪で周囲は60センチ以上の積雪の中、我が家の屋根の積雪は0センチ。長く伸ばした軒は、肘木(ひじき)部材で支えています。軒を伸ばせるのもステンレス屋根で軽いから可能なのです。家に感謝です。私たちは家に守ってもらっています。


ウサギの足跡
写真説明 : 家の近くに見られた野ウサギの足跡です。軽妙な動物は雪に埋もれず逞しく生きています。