One’s Way[ワンズウェイ]のブログでは、里山暮らしのあれこれを綴ります。ヘンリー・ デイヴィッド・ソロー の影響を受け、エシカルな暮らしを追求中。薪ストーブを暮らしの核とし、菜園、ガーデニング、サイクリング、ランニングなどを楽しんでします。

■ 身のこなしの早い軽トラック by T2019/11/12

軽トラック
日中の仕事上の通勤は極力自転車(時にはランニング)で移動していますが、悪天候や夜の通勤移動は軽トラックを使用しています。

里山森林からの薪原木搬出や菜園作業で活躍する軽トラックで、時にはブルックスブラザーズのチャコールグレイスーツでの通勤をこなすため、山道を走った後はこまめに洗車や室内清掃をしています。

一般的に農作業用の軽トラックは汚れている車が当たり前なので、ちょっとこぎれいにしてあるだけでとても綺麗な軽トラックに見えてしまうのでお得です。

もう一つ軽トラックをこぎれいに見えさせるポイントは、室内にモノを載せたままにしないことです。カーナビシステムやETC等の機器も一切無く、AM,FMラジオのみ。マニュアルシフトで手動式ウインドー。雑多なスイッチ類など一切無し。そんなプリミティブでシンプルな室内に日常から一切何も残して置かない。唯それだけで一味違った軽トラックに見えるから不思議です。

先日、半年毎のエンジンオイル交換を自宅で行いました。メンテナンスもしやすく故障も少ない。パートタイム4WDで泥道、雪道にも強い。

午前中は森で木を伐採、チェンソーを載せていたと思いきや、午後はジャケット及び革靴でオフィス入りという事もしばしば。軽トラックは変幻自在で身のこなし早く、本当に働き者です。

■ 食事を一緒に食べることの是非 by T2019/11/13

ある日の夕食

1日3回食事をするとして、1週間で21回。その内何回家族全員で食事をしますか?

ちなみに夫婦2人暮らしの我が家、先週(11/6〜11/12)の集計は、
朝食は7回全て一緒
昼食は2回一緒
夕食は6回一緒
参考までに、各自で食べた6回分は妻の作った弁当だったので、先週に限って言えば一応21食全て夫婦同じメニューを食べたという結果になりました。

家族一緒で食事をすることが絶対に良いことだとは断言しませんし、そもそも絶対に良いという根拠を僕は持っていません。人間には好き嫌いはあるだろうし、食べたいものを食べれば良いという考えもあるでしょう。他者とスケジュールを合わせるのは時間の無駄が多いという考えもあるでしょう。最近は大人も子供も忙しく分刻みの毎日。大人は残業、子供は学校と習い事。夫婦共働きも増え、特に元気な高齢者も働きに出かける。ほどほどの高齢者もデイケア施設に出かけてランチする。

そんな時代です。みんな一緒に合掌!なんて多様性ダイバーシティーに逆行する。
一億総活躍社会。静かに家で食事してるなんて、活躍社会からの落ちこぼれ者?

しかし、何を言われようとも、僕個人に限って言えば、今後も家族一緒に食事をするライフスタイルを維持するつもりです。理由はよく分かりません。ただそんな時代の流れにアマノジャクなだけなのでしょう。

何故こんな話題を提供したのか?その理由も分かりません。ただ何となくの興味本位です。1日3回、1週間で21食、皆さんは家族一緒に何回一緒に食事しましたか?

■ お金だけでは持続できないモノ by T2019/11/14

自産エネルギー

薪の調達に苦労しているのは薪ストーブのユーザーだけではありません。薪ストーブを販売しているショップの方も苦労しています。先日、ある薪ストーブ店の経営者が話していました。
「薪ストーブを販売していて、薪の販売情報を持たないのは、車を販売しているのにガソリンスタンドの場所を知らないのと同じ。それは無責任。現在、私のお店では薪の販売までビジネスを拡大することはできないけど、せめて顧客に薪の入手ルート情報を提供できるようになっておかなければ・・。」

樹木の生えた山が身近にあるにもかかわらず、案外薪を購入調達することが難しいのが現状です。

僕の所属している金山里山の会では、コナラ薪の販売を行っていますが、現状は極めて需要過多で、供給が追い付いていません。そもそも会員の作業ペースと能力を越えた薪生産を追求していません。会では利益追求よりも、持続可能なレベルの経済活動の一貫として、里山で人間が活動することを目的としています。

さて、出来上がった乾燥薪を購入すると仮定しましょう。我が家の場合、1シーズンで約10立米の薪が必要。すると市場価格では約25万〜30万円必要となり、平均的家計から見ると持続可能なエネルギーとは到底言えなくなります。

化石燃料や原子力と異なり、薪は持続可能なクリーンエネルギーと認識されています。しかし需要過多と高額の購入薪という二つの要因が、薪をして代替の持続可能エネルギーになり得ていないのが現実です。

ところで、かのアインシュタインは述べています。
「ある問題が生じた時、その問題を解決するためには、既存のマインドセット(価値観)を変えないでは、その問題を解決することはできない。」
つまり、マインドセットを変え行動を変えなければ、どれだけ代替エネルギーを見つけても根本的な問題解決には至らないということです。

既存の暮らし方、即ち、何らかの労働によってお金を獲得し、そのお金で暮らしに必要な全エネルギーを不労購入するというライフスタイルを少しだけ変更するとしたら、どうなるでしょうか?

たとえば月に1日だけ里山に入り、倒木や折れ枝を片付ける里山保全労働に従事する。その代わりに薪燃料を頂く。ひと冬分の暖房燃料はカバーできなくても、少しはお金を介さない自己労働でエネルギーを獲得できる。慣れてきたならば、月に1日を2日にしてみる。ショッピングセンターやアミューズメントパークで遊ぶ時間の一部をピクニックがてら里山で活動する。そんな積み重ねが大きな持続可能エネルギーとなるような気がします。無理をする必要はありません。

以上が、僕も含め金山里山の会員かつ薪ストーブユーザーの姿です。そんな薪焚き人達は、現在ほぼ自家薪を持続可能で平均的家計レベルに維持し続けています。

■ 老後は自動車を手放して、それから・・ by T2019/11/15

自転車は手放さない

僕ももうすぐ待ちに待った年金生活者になります。めでたく年金生活者になったら自動車を手放すのが賢明な老後と考えています。何故なら自動車は極めてコストパフォーマンスに劣る移動手段だからです。購入金、税金、燃料費、保険料、車検点検料、修理代金、消耗品代金、そんな高出費の自動車で信号機のとても多い日本の道路をストップ&ゴーの繰り返しなんて・・何のために働いて年金を積み立ててきたのか?

一生懸命積み立ててきた成果である年金を自動車の維持保有なんかに費やすなんて勿体ないと思うからです。さらに事故でも起こして高い出費に迫られようものなら・・。

自動車を手放すことによって生じる経済的余裕は賢く長期運用したいと考えています。お金を社会に循環させ優良産業や成長企業を応援しつつ、お金にも働いてもらい自分の成長に生かすような意味のあるお金の使い方を目指したいと思っています。

この国の未来を想像するに、公的年金制度や社会保障制度、銀行等の利息にドップリ依存し切って、安心の上に昼寝をしているような未来は到底想像できません。これからは自ら運用自ら努力して、フィナンシャル・インデペンデンスを獲得していく時代と捉えています。フィナンシャル・インデペンデンスとは、生きていく上でお金の心配をしなくても良い状態のことです。自動車が無いと生きていけないとか、どこにも行くことができず認知症になるのではといった心配などしている暇はありません。

その結果、社会も成長し、自分もフィナンシャルインデペンデンスを獲得した暁には、僕はポルシェを買って乗り回し、老後を謳歌したいと考えています。


追伸 : 薪ストーブライフに必要な軽トラックは自動車ではありません。僕の認識において軽トラックはエンジン付き大八車であり自動車ではありません。

■ いよいよ明日です! by M2019/11/16

クラッカーズライブ2018
明日、我が家 " One’s Way " にオールディズバンドがやってきます。昨日は明日に備えて、庭や屋内の掃除に勤しみました。

我が家の大掃除はOne’s Wayイベントの直前の5月と11月。暑からず、寒からずの季節に行うのが近年の恒例になりました。

明日のイベントの詳細はこちらをご覧くださいませ。
http://www.ne.jp/asahi/ones/way/event.html#ev_19a

現在のところ、参加表明をいただいているのはまだ数名です。多くの皆様のお越しをお待ちしています!

写真は昨年末のライブの様子です。今年も楽しい瞬間(ひととき)を過ごしていただけることと思います。

■ 常時沸くお湯の常識 by T2019/11/17

薪ストーブ


我が家には電気ポットという道具が存在しないので、コーヒーやお茶を飲みたい時はガスレンジでその都度お湯を沸かします。

しかし!薪ストーブを焚く季節になりますと、ストーブ天板上で常時お湯が沸いているので有り難いです。常時沸くお湯は部屋の加湿にも貢献しています。

かつて戦時中生まれの父が、幼い頃の食事で最も印象的で記憶に残っていることを話してくれたことがあります。それは食後の熱い白湯だったと。それが一番嬉しかったと。

熱い白湯に幸福を感じることのできる状況は、ある意味とても幸せな状況です。幸福の感受性がとても敏感である証です。現代は電子レンジや電気ポットでいとも簡単に温かい食事が可能です。私たちはコンビニエンスストアの温めサービスに有り難さをどれだけ感じることができるでしょうか?

しかし昔は、温かい食事というだけで豊かさを感じることができたのでしょう。

約20年前に旧東ドイツのワイマールを訪れた時、ドイツ人の家庭では夕食のみに温かい食事が用意されるという話を聞きました。真偽の程は定かではありませんが、合理的質実ないかにもドイツ人らしいなと思いました。事実、ホテルで食べた朝食は生ハム、チーズ、ライ麦パンといったコールドミールでした。

時代が便利になればなるほど、豊かさの濃度が薄まっていくような気がします。便利になるにつれてちょっとやそっとじゃ幸福感を抱くことが困難になりつつあります。と同時に私たちは生きる意味について一層悩んでいるような。

朝食後、残った梅干しの種を入れた御飯茶碗にお湯を注ぎ、碗を拭って飲み干しました。こうすると食器洗いが楽になります。そう、推察の通りです。我が家には食器洗浄機はありません。でも・・

幸福感というものは、便利さとは別のところにあるようです。

■ P. T. F. ライブ終了しました! by M2019/11/18

P. T. F. ライブ
P. T. F.
いつもはクラッカーズとして活動していらっしゃるオールディズバンド。昨日はP. T. F. (Pine Tree Field)のグループ名で演奏してくださいました。

観客は私たちを含めて8名。我が家に丁度の規模でした。3時ごろから一人ふたりとお客様がお越し下さいました。1時間あまりのライブではノリの良い賑やかな曲目。その中に1曲、今は亡き女性を彷彿させる選曲がありました。バンドのリードギターの美容師さんを紹介してくださった方です。

その女性は、今から30年ほど前、富山に戻って初めての職場の同僚でした。その方が美容院選びに悩んでいた時に紹介してくださったのがバンドのリードギターの美容師さんです。カットの腕は素晴らしく、お客様お一人お一人の個性を引き出すカットは天下一品。東京で9年間働かれた時には有名人やそのご家族を担当されていたそうです。

郷ひろみさんのお宅で食事をご馳走になったことがあるとも聞いています。お母様を担当しておられ、郷ひろみさん本人にもお会いになったことがあるそうです。

さて、昨日のライブでは、曲の合間に”なぞなぞクイズ”があり、プレゼントも用意して下さいました。普段使わない頭を使ったり、豆知識を得たりと、MCも大盛況でした。

アンコールでは日本の歌謡曲をオールディズ風にアレンジしたものを演奏してくださり、盛り上がりは最高に!さらにアンコールは続き、楽しい演奏でライブは終了しました。

その後は、飲み物とお菓子で歓談。音楽談義のみならず、家電談義、コーヒー談義etc. 話題は途切れることなくあっという間に時が過ぎました。

40歳以上も年の差があるバンドメンバーです。年齢差を感じさせない一体感が心地よく、メンバーのみなさまからエネルギーをいただきました。

次は初夏の開催をお約束して終了。

ご参加くださったみなさま、ありがとうございました。

■ 持ち家率は豊かさの指標なのか? by T2019/11/19

里山の我が家

最近、街中には食事や介護サービスの付いた有料老人ホームやマンションが増えた。先日、もうすぐ80歳に近くなってきた母に言われた。
「あなたたち夫婦も、老後は有料老人ホームに入れば安心よ。除雪の心配もしなくていいし、家の世話もしなくていいから。」
何と、僕は後期高齢者の母に老後を心配してもらったわけだ。

富山県は持ち家率の高さをPRしてきた。それを豊かさの象徴として。ところが最近はそうでもなくなってきたそうだ。

経済的に余裕のある人は、介護が必要になる前に持ち家を処分しサービスの行き届いた有料老人マンションに入居し悠々自適に暮らす。その一方で、経済的に親と同居せざるを得ず、持ち家を相続するしか選択の余地の無かった人は、必要以上に大きく手のかかる家に老後も縛られる。そんな最近の経済格差事情をたまに耳にするようになった。

そうなってくると、持ち家率は決して豊かさの象徴ではなくなってくる。

里山スローライフは、意外と体力を必要とする暮らしで、しかもやることがとても多い。私達はなるべく小さく簡素な家を建てたが、何歳まで里山暮らしを続けることができるかは、全てが初めての挑戦である。(初めてで当然である。)

時に人生は筋書き通りにはいかない。もしも里山の家を自力で維持できなくなったならば・・ということも想定して都会でのセカンドライフもフィナンシャル・ライフプランに入れておこうかな。だって有無を言わさず特養老人ホームに入れられるより、自ら進んで有料老人ホーム入りの方が自立的。

だからこそ、今できる里山暮らしを最大限満喫して、身体の自由の効かなくなった高齢時には「もう里山暮らしを飽きる以上にやり尽くした、もう悔いは無い。」と言い放ちたい。

人事を尽くして天命を待つ気分である。

■ 考える力 by T2019/11/20


突然ですが、現在話題となっている大学入試制度改革の論点は、「考える力」です。
でも、入試で「考える力」を育てるわけでなく、入試で「考える力」を評価するようにすれば、高校での授業が覚える教育から考える教育にシフトするであろうというわけです。

では、そもそも「考える力」とはどんなものなのでしょうか?

話は変わりますが、かつてある知人がこんなことを話していました。
「家庭で子供との会話の時間を増やすために食器洗浄機を買ったのよ。そうすれば家事時間を短縮できて、子供との時間を確保できるから。」
それを聞いて僕は、ふと思いました。
「それならば、親子で一緒に食器洗いや家事をしながら会話すればいいんじゃないの?親子との会話って、会議のようにスケジュールを設定して、面と向かってさあ話しましょう!ってするものなの?」

覚えることが知育教育だとすれば、考える力とは前述の会話に関するエピソードと同様に、生活全体の具体的臨床的場面で養っていくべき全人教育みたいなものなのではないかと僕は考えます。

そもそも、「考える」という行為はどのようなメカニズムで進行するのでしょうか?僕は、考える際に材料が必要であると考えます。材料とは即ち知識や経験です。考えるとか創造するとかアイデアを生み出すといった知的行為は、多種多様な材料としての知識や経験をシナプス(神経回路)でもって繋げていく行為だと考えます。一見無関係のように見える知識と知識の間に共通点を見出したり、橋をかけたりしながらユニークな知恵やアイデアを生産していくことのように考えます。

だからこそ考える行為の大前提として、ベーシックな知育教育がとても重要です。系統立てて知識を覚え、頭の中に整理記憶しておくことがとても重要だと僕は考えます。そしてそのような知育教育こそ学校教育といったシステムにおいてとても効果的に養うことができると僕は考えます。しかし、考えるという全人教育は、学校教育といったシステムのみでは限界があると僕は考えます。考える力を養うためには、学校のみならず地域コミュニティーや一般社会、とりわけ家庭といった生活全体の多種多様な場面が必要なのではないかと僕は考えます。

一例を挙げましょう。最近、高校生でも自転車や公共交通機関を利用すればよいところを、家の車で登下校している生徒が以前よりも増えたような気がします。これは問題解決のために自ら考える貴重な機会を逸しているように僕には感じられます。とても勿体ないことです。ややもすれば授業中椅子に座って考えるよりも、自らの脚を使って主体的に考え行動した方が効果的に考える力を養うことができるかもしれません。

このような考える力について、皆さんはどう考えますか?
大人が主体的に考える姿勢を示すことが、子供の考える姿勢を育てる最高のテキストだと僕は考えます。

■ 襟を正して by T2019/11/21

ジェイミソンズのウールベスト

ラグビー人気の高まった今秋、ラガーシャツを見ていると日本のユニフォームも含め襟付きラガーシャツがめっきり少なくなった。ワールドカップ決勝トーナメントでは、アザミ色のスコットランド代表チームが襟付きだったぐらい。

スポーツの世界は、より機能性と勝敗にこだわる時代になり、古き良きスポーツマンシップ精神やアマチュア精神が失われつつある。その背景にはスポーツの勝敗が巨大なマネーを動かすといった経済圧力が働いているからであろう。

スポーツの世界に限らず、街中の服装を見てもカジュアル・ファストファッション全盛で、襟を正して堂々と闊歩している男性は少なくなってきているように感じる。全てが機能性と経済性第一。若いうちはそれなりにTシャツ丸首も良いが、歳を重ねるとシワだらけの首に襟なしはとてもショボい。やはり襟は紳士の心くばりである。

最近は襟シャツにノーネクタイ姿が多くなった。でも、開襟の胸元から肌着シャツがチラっと見えているのは本当に情けない。

原則、シャツ(ワイシャツ)は直接地肌に着るものである。とはいうものの歳を重ねた体には少々肌寒いではないか!となる。そこで、ベスト(チョッキ)という小物アイテムが存在するのである。

先日、Jamieson’ sの掘り出し物ベストを購入した。スコットランドの最北シェットランド諸島生まれの羊毛で編まれたジェイミソンズのウールベスト。これなら里山カントリーにはバッチリ映える。カッチリしたVネックで、これを着用すればダサい肌着など不要で暖かく、且つしっかり襟を正すことができる。