One’s Way[ワンズウェイ]のブログでは、里山暮らしのあれこれを綴ります。ヘンリー・ デイヴィッド・ソロー の影響を受け、エシカルな暮らしを追求中。薪ストーブを暮らしの核とし、菜園、ガーデニング、サイクリング、ランニングなどを楽しんでします。

■ 食事 目的か手段か by M2021/02/24

家にある食材で

昨日の夫の記事に触発され、PCに向かっています。

皆さん、食事についてどうお考えですか?
私はこう考えています。

私は、食事を生きていくための手段とは考えていません。
私は、食事を生きることそのものだと考えています。
つまり生き続けることが人間の目的ならば、食事も生きる目的であると私は考えます。

何故、食事は生きることそのものだと私は考えるのか。それは私は動物だからです。葉緑体をもつ植物とは異なり、光合成で自分の体内で栄養を作ることができない動物だからです。

最近コロナ禍で、家で食事をとることがこれまで以上に増えました。そのせいで食事を作る機会も増えています。

テイクアウトやデリバリーで食事を調達することも可能ですが、私は食事のために料理をする一連の行為を退屈で面倒だとはほぼ思いません。むしろ生きている手応えを感じます。食事をとることは生きることそのものだからです。

食事に関わる労を面倒で、極力避けたいものとして認識するならば、生きることそのものを面倒で極力避けたいものと認識することに他ならないでしょう。

生きることが楽しいということは、食事も楽しいということです。

お気づきでしたか?
昨日の夫の記事の「暖房」を「食事」に、「僕」を「私」に変え、少しだけ文章をいじっただけです。

生活そのものを楽しいと感じることは、とても豊かで贅沢だと思うのは私だけでしょうか。

ちなみに写真はちょっと贅沢な昨日の夕食。家にあった食材で作りました。

・湯で大豆のサラダ
・豚肉とキャベツのトマト煮
・ゴルゴンゾーラとりんごのパスタ
パンは射水市のパン屋さんtoitoitoiのカンパニュー、ワインは週末の残りをグラスで・・・