One’s Way[ワンズウェイ]のブログでは、里山暮らしのあれこれを綴ります。ヘンリー・ デイヴィッド・ソロー の影響を受け、エシカルな暮らしを追求中。薪ストーブを暮らしの核とし、菜園、ガーデニング、サイクリング、ランニングなどを楽しんでします。

■ 無いものを求める by T2021/11/10

秋の笹尾池
先日、金山里山の会の年配会員が話していました。
「灯油も電気も高くなって全てが物価高の中、コメだけが安くなって農家は大変。皆んなコメを食べなくなって、米が余っている。」

身の回りに十分あるモノを求めず、身の回りにないモノばかりを求めている。それで物価上昇に悩んでいる。

身の回りの里山に十分ある樹木燃料を求めず、日本で産出されない化石燃料を求め、遥か海外から購入している。それで石油高騰に悩んでいる。

敗戦後の日本では、学校給食にコメを使わずパン給食とした。日本に十分あったコメをあえて消費せず、輸入小麦のパンを消費させられた。アメリカの余剰小麦のはけ口として。高度成長期、バブル期を経て、商品経済に慣れ親しんだ日本人は、今ここに十分あるモノを求めず、ここに無いものをあえて求めるようになった。

最高の薪は、ブナでもコナラでもシラカバでもない。
最高の薪は、そこで手に入る薪。

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