■ 昨日の夕食は濱元丈二さんの器で by M ― 2017/04/03
昨晩は、濱元丈二さんの器で食事をしました。休日はパンとチーズを肴にワインを飲むことが多いのですが、昨日は久しぶりに日本酒を嗜みました。
濱元丈二さんと私たちとの出会いは今から2年前に遡ります。夫の学生時代の後輩(滑川市在住)から、ソロービアンの陶芸家として紹介を受けたのはさらに遡ること2年前でした。忙しさにかまけてそのままになっていたのですが、一念発起、2015年の5月GW明けに滑川の濱元さんの元を訪れました。濱元さんが創られた素朴な作品と作品に込められた真摯な想いに感銘を受け、2015年11月の「One’s Way ーそれぞれのあたりまえー」への協力をその場でお願いしました。濱元さんには「今の時代、One’s Wayのような場所と時間が大切ですね」と言って快諾してくださったのです。
濱元さんは鹿児島県種子島生まれで、地元の高校を卒業後、唐津「隆太窯」中里隆氏に師事されたそうです。8年間師事された後、新宿柿傳「角筈(つのはず)窯」に入社され、茶懐石の器を学び、都内百貨店等で個展を開催されていました。ご縁があり富山県滑川市に移住され、「加積窯」を開窯されました。そして2015年6月、ご高齢になられたお母様の介護のため種子島に帰郷されたのです。
私たちは「加積窯」最後の作品を何点か購入させていただきました。絵唐津、朝鮮唐津、三島、粉引、唐津焼の代表的な手法で焼かれた器は、器自身を楽しめるとともにいつもの料理がちょっと高級になった気にさせてくれます。
※ 濱元丈二さんについては、One’s Way ーそれぞれのあたりまえーもご覧ください。
http://www.ne.jp/asahi/ones/way/recommend.html#rec_kazumi
濱元丈二さんと私たちとの出会いは今から2年前に遡ります。夫の学生時代の後輩(滑川市在住)から、ソロービアンの陶芸家として紹介を受けたのはさらに遡ること2年前でした。忙しさにかまけてそのままになっていたのですが、一念発起、2015年の5月GW明けに滑川の濱元さんの元を訪れました。濱元さんが創られた素朴な作品と作品に込められた真摯な想いに感銘を受け、2015年11月の「One’s Way ーそれぞれのあたりまえー」への協力をその場でお願いしました。濱元さんには「今の時代、One’s Wayのような場所と時間が大切ですね」と言って快諾してくださったのです。
濱元さんは鹿児島県種子島生まれで、地元の高校を卒業後、唐津「隆太窯」中里隆氏に師事されたそうです。8年間師事された後、新宿柿傳「角筈(つのはず)窯」に入社され、茶懐石の器を学び、都内百貨店等で個展を開催されていました。ご縁があり富山県滑川市に移住され、「加積窯」を開窯されました。そして2015年6月、ご高齢になられたお母様の介護のため種子島に帰郷されたのです。
私たちは「加積窯」最後の作品を何点か購入させていただきました。絵唐津、朝鮮唐津、三島、粉引、唐津焼の代表的な手法で焼かれた器は、器自身を楽しめるとともにいつもの料理がちょっと高級になった気にさせてくれます。
※ 濱元丈二さんについては、One’s Way ーそれぞれのあたりまえーもご覧ください。
http://www.ne.jp/asahi/ones/way/recommend.html#rec_kazumi
■ "SUN HOUSE" by T ― 2017/04/03
往年のブルーズマンであるサン・ハウスのスペルはSON HOUSE。でもタイトル名は
SUN HOUSE。
僕の住んでいる富山県は年間を通じてスッキリ快晴という日は少ないのが現状だ。さらにこの時季は晴れても春霞か黄砂か、はたまたスギ花粉なのか視界がぼやけていることが多い。
僕はこんな富山の霞んだ風景が好きだ。ヴィヴィッドな色彩が落ち着き、代わって深みと渋みが増した風景。それは不条理を謳い飛ばすブルーズが聴こえてくるような風景だ。
僕にとってブルーズを奏でる手段は楽器ではなく自転車を走らせること。僕の走らせる自転車はSSバイク。変速機を装備しない、つまりギア比が一つのシングル固定ギアバイクだ。それは現在巷に溢れているカーボンロードバイクが生まれる以前のクロモリバイクであり、競走用自転車の原点ともいえるスチールバイク。それはまた姑息な変速機を使用することは卑怯であるといった古風なスポーツマンシップの残骸とも成れの果てともいえる代物。
話は変わって音楽の話。容易に爆音排出を可能にしたエレクトリックギターが発明される以前は、リゾネイトギターといってアクースティックギターに金属の反響板を取り付けたギターがあった。限られた条件の中で少しでも大きな音を表出しようと努力していた時代が確かにあった。その努力は音を大きくする涙ぐましい成果とは別に、一方で独特な味のある音を結果的に作り出してしまった。かつてサン・ハウスはこのリゾネイターを演奏しながら本当に渋いブルーズを聴かせてくれた。
実はサン・ハウスのリゾネイターをイメージして僕はSSバイクを組んだ。小さなフロントバッグを装備して走るSSバイクの姿は、僕にしてみればさながら黎明期のツールドフランスに挑んだコンペティション自転車を彷彿させる。(あくまで僕にしてみればである。)
時間を逆戻りさせることは誰にもできない。しかし古拙なSSバイクの存在感とは、そんな歴史の不可逆性を別の視点から捉えなおしたともいうべき存在感だ。時間を直線ではなく曲線として捉えたような存在感。歴史という時間を新旧順序としてではなく、蓄積された歴史時間の質量から産み出される重力とも言うべき存在感。
昨今の最新ロードバイクは競走用自転車を直線的に進化させているようで、実は重力に引っ張られながらもその中心の周りを回っている衛星的存在に過ぎないのかもしれない。
SUN HOUSE。
僕の住んでいる富山県は年間を通じてスッキリ快晴という日は少ないのが現状だ。さらにこの時季は晴れても春霞か黄砂か、はたまたスギ花粉なのか視界がぼやけていることが多い。
僕はこんな富山の霞んだ風景が好きだ。ヴィヴィッドな色彩が落ち着き、代わって深みと渋みが増した風景。それは不条理を謳い飛ばすブルーズが聴こえてくるような風景だ。
僕にとってブルーズを奏でる手段は楽器ではなく自転車を走らせること。僕の走らせる自転車はSSバイク。変速機を装備しない、つまりギア比が一つのシングル固定ギアバイクだ。それは現在巷に溢れているカーボンロードバイクが生まれる以前のクロモリバイクであり、競走用自転車の原点ともいえるスチールバイク。それはまた姑息な変速機を使用することは卑怯であるといった古風なスポーツマンシップの残骸とも成れの果てともいえる代物。
話は変わって音楽の話。容易に爆音排出を可能にしたエレクトリックギターが発明される以前は、リゾネイトギターといってアクースティックギターに金属の反響板を取り付けたギターがあった。限られた条件の中で少しでも大きな音を表出しようと努力していた時代が確かにあった。その努力は音を大きくする涙ぐましい成果とは別に、一方で独特な味のある音を結果的に作り出してしまった。かつてサン・ハウスはこのリゾネイターを演奏しながら本当に渋いブルーズを聴かせてくれた。
実はサン・ハウスのリゾネイターをイメージして僕はSSバイクを組んだ。小さなフロントバッグを装備して走るSSバイクの姿は、僕にしてみればさながら黎明期のツールドフランスに挑んだコンペティション自転車を彷彿させる。(あくまで僕にしてみればである。)
時間を逆戻りさせることは誰にもできない。しかし古拙なSSバイクの存在感とは、そんな歴史の不可逆性を別の視点から捉えなおしたともいうべき存在感だ。時間を直線ではなく曲線として捉えたような存在感。歴史という時間を新旧順序としてではなく、蓄積された歴史時間の質量から産み出される重力とも言うべき存在感。
昨今の最新ロードバイクは競走用自転車を直線的に進化させているようで、実は重力に引っ張られながらもその中心の周りを回っている衛星的存在に過ぎないのかもしれない。
![One's Way[ワンズウェイ]の里山暮らし日記 One's Way[ワンズウェイ]の里山暮らし日記](http://www.ne.jp/asahi/ones/way/images/blog_logo_onesway2.gif)
