One’s Way[ワンズウェイ]のブログでは、里山暮らしのあれこれを綴ります。ヘンリー・ デイヴィッド・ソロー の影響を受け、エシカルな暮らしを追求中。薪ストーブを暮らしの核とし、菜園、ガーデニング、サイクリング、ランニングなどを楽しんでします。

■ それでも私は芝生を手入れする by T2017/04/04

春眠中の芝生
我が家の芝生は高麗芝なので、冬場は枯れます。そしてゴールデンウィーク頃に復活します。だから現在はまだ春眠を貪っていますが、その隙間を突いてイネ科の草やロゼッタ状の雑草たちが既にグングン伸びてきています。早起きは三文の得。

芝生の周りの雑木林が成長してきたので木陰が年々広くなり、代わって芝生の生長が弱まり雑草が進入しやすくなってきているのでしょう。年々芝生が後退してしています。
これは想定の範囲内でした。いずれ芝生は完全に消滅し、雑木林の下にはコケが敷かれる事になると。

返景深林に入り 復た照らす青苔の上  

鹿柴に囲まれた庭の中に、王維の詩の世界が聞こえてくれば、それも一興。

どうせ消滅する芝生ならば手入れすることを止めればよいのに。時間と労力の無駄でしょう。確かにそうかもしれません。でもそんなことを言ったならば、どうせ死ぬんだから生きることを止めればいいのに。どんなにがんばったって無駄でしょう、というのと同じです。

もし明日、世界が消滅するとしても、私は今日林檎の木を植える。 マルティン・ルター

芝生の中の雑草を抜いたり、エアレーションしたり、芝刈りしたり、そんな芝生手入れの繰り返しそのものが、芝生を残すこと自体よりも僕にとって楽しいのです。

芝生の復讐。僕って偏執狂かな?

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