■ 不確実性への耐性 by M ― 2019/03/25
最近読んだ本で印象に残った言葉。
「不確実性への耐性」
私たちは不確実な世界に生きています。その一方で、近年二元論的な思考が社会を席巻しています。
正と誤
善と悪
和と洋
プラスとマイナス
男と女
生と死
勝者と敗者
戦争と平和
etc.
どちらかに断定すれば思考を止められます。
思考を止めれば、平穏らしきものが訪れます。
思考を止めれば、自分は安全地帯に身を置けます。
簡単に断定していいのでしょうか?
誰かを困らせてはいないでしょうか?
不寛容な社会を作っていないでしょうか?
ああでもない、こうでもないと<対話>を重ねることで生まれる「何か」。その過程では不確実性に耐える必要があります。
生まれた「何か」は、正解でも不正解でもなく、善でも悪でもなく、和とも洋とも言えないものである可能性は高いと思います。
ただ、
「何か」の意味を共有できます。
「何か」は権威のある誰かが提示したものではなく、「今、ここ」で生まれたものとして認識できます。
「何か」を納得して受け入られます。
寛容さの回復の一助になるかもしれません。
私たち一人ひとりが所属する集団、例えば家庭、職場、地域で<対話>を積み重ねること。そこから「不確実性への耐性」を獲得していきたいものです。
写真は我が家の庭で咲いた水仙。
赤いニットのベースカバーは先日フェルト化したセーターの袖です。
「不確実性への耐性」
私たちは不確実な世界に生きています。その一方で、近年二元論的な思考が社会を席巻しています。
正と誤
善と悪
和と洋
プラスとマイナス
男と女
生と死
勝者と敗者
戦争と平和
etc.
どちらかに断定すれば思考を止められます。
思考を止めれば、平穏らしきものが訪れます。
思考を止めれば、自分は安全地帯に身を置けます。
簡単に断定していいのでしょうか?
誰かを困らせてはいないでしょうか?
不寛容な社会を作っていないでしょうか?
ああでもない、こうでもないと<対話>を重ねることで生まれる「何か」。その過程では不確実性に耐える必要があります。
生まれた「何か」は、正解でも不正解でもなく、善でも悪でもなく、和とも洋とも言えないものである可能性は高いと思います。
ただ、
「何か」の意味を共有できます。
「何か」は権威のある誰かが提示したものではなく、「今、ここ」で生まれたものとして認識できます。
「何か」を納得して受け入られます。
寛容さの回復の一助になるかもしれません。
私たち一人ひとりが所属する集団、例えば家庭、職場、地域で<対話>を積み重ねること。そこから「不確実性への耐性」を獲得していきたいものです。
写真は我が家の庭で咲いた水仙。
赤いニットのベースカバーは先日フェルト化したセーターの袖です。