■ 訪問者たち by T ― 2021/09/08
■ グリーンカーテン by T ― 2021/08/30
突然ですが、僕はカーテンが苦手です。センス良くカーテンを部屋に加えるのは、僕には難しいと思うからです。だから、品良くカーテンを設置している人を僕は尊敬します。
カーテンよりももっと嫌いなのはブラインド。ホコリの溜まったブラインドは最悪です。
暖簾(のれん)は許容できます。金具が付いておらず、布地もピンと張っていてスッキリしているから好きです。
一番好きなのは、窓辺に何も無い状態。シンプルに勝るものはありません。
とはいえ、暑い時期の直射日光は遮りたい。そんな時にはグリーンカーテンです。
でもゴーヤやアサガオなどツル植物のグリーンカーテンは手入れが重要で、手入れを怠るとかなりみすぼらしいものに。
そこで我が家が選んだグリーンカーテンは、里山の主木コナラのグリーンカーテン。南東側に立つコナラは残暑の日差しを遮ってくれ、寒い時期は落葉して暖かい日差しを室内に届けてくれます。
カーテンよりももっと嫌いなのはブラインド。ホコリの溜まったブラインドは最悪です。
暖簾(のれん)は許容できます。金具が付いておらず、布地もピンと張っていてスッキリしているから好きです。
一番好きなのは、窓辺に何も無い状態。シンプルに勝るものはありません。
とはいえ、暑い時期の直射日光は遮りたい。そんな時にはグリーンカーテンです。
でもゴーヤやアサガオなどツル植物のグリーンカーテンは手入れが重要で、手入れを怠るとかなりみすぼらしいものに。
そこで我が家が選んだグリーンカーテンは、里山の主木コナラのグリーンカーテン。南東側に立つコナラは残暑の日差しを遮ってくれ、寒い時期は落葉して暖かい日差しを室内に届けてくれます。
■ ずっとここで刈り続けるby T ― 2021/08/23
早朝6時から町内の道路沿い草刈り作業に参加しました。
9時頃に遅めの朝食をとった後、今度は家庭菜園の草刈りをしました。
そしてずっと草刈りばかりして、ふと思いました。
「そうだ!髪の毛を刈ってもらおう」
と言うわけで午後には、妻に髪の毛をバリカンで刈ってもらいました。
いつも使っているバリカンの説明書を見ると、購入年は2009年9月。ということは、僕はかれこれ12年間、家で髪の毛を刈ってもらっているわけです。理容院に行かなくなって12年。
12年前には思いもしていませんでした。外出自粛要請の時代がやってくることを・・。
「どこに行けるかでなく、どこにいるか。」
これは、25年前、この里山に土地を求めた時の私たち夫婦のスローガンです。
9時頃に遅めの朝食をとった後、今度は家庭菜園の草刈りをしました。
そしてずっと草刈りばかりして、ふと思いました。
「そうだ!髪の毛を刈ってもらおう」
と言うわけで午後には、妻に髪の毛をバリカンで刈ってもらいました。
いつも使っているバリカンの説明書を見ると、購入年は2009年9月。ということは、僕はかれこれ12年間、家で髪の毛を刈ってもらっているわけです。理容院に行かなくなって12年。
12年前には思いもしていませんでした。外出自粛要請の時代がやってくることを・・。
「どこに行けるかでなく、どこにいるか。」
これは、25年前、この里山に土地を求めた時の私たち夫婦のスローガンです。
■ ほんのささやかな夢 by T ― 2021/08/21
■ 歴史に学ぶ時 by T ― 2021/08/18
現在のイギリスは世界に誇る園芸大国である。イングリッシュガーデンという言葉も、ときどき耳にする。そんなイギリスの王立園芸協会が設立されたのは、1804年。当時のイギリスは、産業革命以降、都市公害問題と並んで、労働者階級の飲酒、賭博、退廃娯楽による社会問題を抱えていた。「植物を育てることは、人々の生活をより良きものにする」の信条のもと、世界初・世界最古の園芸協会が設立された。
ところで、現在のコロナ禍で、人々はかなり高ストレスの状況に追いやられている。しかし、今までストレス発散方法として手っ取り早く選択されていた飲食を伴う社交やショッピング、娯楽的外出は、非常事態宣言等によって制限されている。
どんなに忍耐強い人間にもストレス容量には限界がある。案の定、我慢の限界に達したのか富山県も感染拡大してる。今までの手っ取り早い刹那的ストレス発散に替わる、生産的で安全なストレス発散方法が今こそ必要とされている。はたして、それをどうやって探せば良いだろう?そんな時、人類は常に歴史から学んできた。
季節も秋になり、朝晩は涼しくなってきた。身の回りを見渡せば、里山は言うに及ばず、結構街中でも土や緑がある。今こそ、ガーデニングの真骨頂を見せる時である。
ところで、現在のコロナ禍で、人々はかなり高ストレスの状況に追いやられている。しかし、今までストレス発散方法として手っ取り早く選択されていた飲食を伴う社交やショッピング、娯楽的外出は、非常事態宣言等によって制限されている。
どんなに忍耐強い人間にもストレス容量には限界がある。案の定、我慢の限界に達したのか富山県も感染拡大してる。今までの手っ取り早い刹那的ストレス発散に替わる、生産的で安全なストレス発散方法が今こそ必要とされている。はたして、それをどうやって探せば良いだろう?そんな時、人類は常に歴史から学んできた。
季節も秋になり、朝晩は涼しくなってきた。身の回りを見渡せば、里山は言うに及ばず、結構街中でも土や緑がある。今こそ、ガーデニングの真骨頂を見せる時である。
■ 初めての栃の実 by T ― 2021/08/17
栃の苗木(といっても2メートルくらいありましたが)を庭に移植して13年。初めて栃の実が成りました。
庭に、未熟な栗のイガが落ちている中に混じって、トゲの無いツルッとした丸い物体を一つ発見。これはまさしく栃の実!まだ未熟な状態で落ちたようで、割れ目がありません。でも紛れもない我が家初の栃の実です。
先日の柚子に続き、初もの続き。厳しい猛暑と長雨を受け、植物たちは子孫を残すことに拍車をかけたのかも知れません。
栗と同様、栃の実も縄文時代から主食とされてきた木の実。栗と違って、食べる時はアク抜きをしっかり行う必要がありますが。
写真のような直径5センチほどの実が、これからドンドン落ちてくるのかなあ。これが頭の上に落ちてきたら痛いかも。でも本当に嬉しいことです。
庭に、未熟な栗のイガが落ちている中に混じって、トゲの無いツルッとした丸い物体を一つ発見。これはまさしく栃の実!まだ未熟な状態で落ちたようで、割れ目がありません。でも紛れもない我が家初の栃の実です。
先日の柚子に続き、初もの続き。厳しい猛暑と長雨を受け、植物たちは子孫を残すことに拍車をかけたのかも知れません。
栗と同様、栃の実も縄文時代から主食とされてきた木の実。栗と違って、食べる時はアク抜きをしっかり行う必要がありますが。
写真のような直径5センチほどの実が、これからドンドン落ちてくるのかなあ。これが頭の上に落ちてきたら痛いかも。でも本当に嬉しいことです。
■ 恵みの雨 by T ― 2021/08/08
昨日、秋到来を告げるかのように9日ぶりの雨が降りました。植物たちにとっては恵みの雨。
これまで猛暑の中での晴天続き。さぞかし厳しかったことでしょう。特にモミジ、ヤマボウシ、リョウブといった半日陰を好む中高木は、自ら葉っぱを落として自己防衛する樹木も見られましたが、多くは葉をしんなり垂らして喘いでいました。
道路沿いのアスファルトの照り返し厳しい箇所では、毎朝水撒きしていましたが、自然の降水には到底かないません。今朝は久々に水撒きお休みです。
写真は、ガレージ前のキンシバイ花壇。キンシバイは暑さに強い丈夫な花木ですが、石積みの一段高い花壇のため土が乾きやすく、水が切れると葉が焼けてしまいます。でも毎朝の水撒きで何とか切り抜けたようです。
これまで猛暑の中での晴天続き。さぞかし厳しかったことでしょう。特にモミジ、ヤマボウシ、リョウブといった半日陰を好む中高木は、自ら葉っぱを落として自己防衛する樹木も見られましたが、多くは葉をしんなり垂らして喘いでいました。
道路沿いのアスファルトの照り返し厳しい箇所では、毎朝水撒きしていましたが、自然の降水には到底かないません。今朝は久々に水撒きお休みです。
写真は、ガレージ前のキンシバイ花壇。キンシバイは暑さに強い丈夫な花木ですが、石積みの一段高い花壇のため土が乾きやすく、水が切れると葉が焼けてしまいます。でも毎朝の水撒きで何とか切り抜けたようです。
■ 立秋 by T ― 2021/08/07
今日から秋です。立秋は二十四節気の一つで、春分の日や秋分の日と同様、太陽暦を基に作られているので、実際の季節感に合致している場合が多いです。七夕や桃の節句など、旧暦をそのまま現代の新暦(太陽暦)にシフトした季節感の無い年中行事に比べて、二十四節気は季節を感じる有効な目安だと僕は思っています。
夏が去り、夏土用も終わり、秋が到来して、徐々にガーデニングや菜園作業を本格化させていくつもりです。
新しい菜園では、猛暑と雑草をものともせず、群生したミソハギが花をつけ始めています。昔から田圃の畦などに、何故ミソハギが植えられてきたのか、その理由がよく分かりました。ミソハギは水と太陽を好み、背丈も大きく密集して群生し、そこには雑草の入る余地がないからです。更に蔓延った根っこが土留にとても有効だからです。
畦に除草剤を撒くと、草の根っこも無くなり畦土の侵食が進みます。それに対してミソハギは、天然の防草フェンスです。
花期の長いミソハギ。お盆の墓参りに持参する花としても重宝します。
夏が去り、夏土用も終わり、秋が到来して、徐々にガーデニングや菜園作業を本格化させていくつもりです。
新しい菜園では、猛暑と雑草をものともせず、群生したミソハギが花をつけ始めています。昔から田圃の畦などに、何故ミソハギが植えられてきたのか、その理由がよく分かりました。ミソハギは水と太陽を好み、背丈も大きく密集して群生し、そこには雑草の入る余地がないからです。更に蔓延った根っこが土留にとても有効だからです。
畦に除草剤を撒くと、草の根っこも無くなり畦土の侵食が進みます。それに対してミソハギは、天然の防草フェンスです。
花期の長いミソハギ。お盆の墓参りに持参する花としても重宝します。
■ 自然と庭 by T ― 2021/07/30
日本人は、古くから自然を神として崇めてきたようです。太陽、山、川、岩などなどなど、自然の至る所に、やおよろずの神々の存在を信仰してきました。
一方、西洋に多く見られるキリスト教の教えでは、唯一絶対の神が人間を作り出し、人間と自然を区別して、自然は人間が支配し利用する対象として存在しているという世界観です。
そんな世界観の違いは、日本の庭と西洋の庭との違いにも表れているようです。幾何学的に整然と作り込まれ、あたかも人間が自然を克服しているかのような西洋の庭。そんな庭よりも、花は野に咲くよう、木々は森にあるよう、日本人たる僕は、そんな自然の一部としての庭に親和性を感じます。
富山県砺波市の散居村に見られるような、鬱蒼とした木々に囲まれたカイニョ屋敷林の庭は、芝生広がり見通しの効く西洋の庭にはあまり見られないでしょう。でも、ひょっとしたら遠くまで見通せる庭は、人間の支配欲を表しているのかもしれません。
一方、西洋に多く見られるキリスト教の教えでは、唯一絶対の神が人間を作り出し、人間と自然を区別して、自然は人間が支配し利用する対象として存在しているという世界観です。
そんな世界観の違いは、日本の庭と西洋の庭との違いにも表れているようです。幾何学的に整然と作り込まれ、あたかも人間が自然を克服しているかのような西洋の庭。そんな庭よりも、花は野に咲くよう、木々は森にあるよう、日本人たる僕は、そんな自然の一部としての庭に親和性を感じます。
富山県砺波市の散居村に見られるような、鬱蒼とした木々に囲まれたカイニョ屋敷林の庭は、芝生広がり見通しの効く西洋の庭にはあまり見られないでしょう。でも、ひょっとしたら遠くまで見通せる庭は、人間の支配欲を表しているのかもしれません。
■ 見栄を張る by T ― 2021/07/21
コロナ禍の影響で外食や旅行などの出費が減少しています。海外旅行もできないので、その分の出費を今年に入って我が家初のエアコン新設に回すことができました。
ところで、ステイホームによる家計支出の減少額を、今後どのように運用していくかによって、確実に格差が大きくなると僕は予想しています。すなわち、何となく何処かに出費して金融資産が増えない世帯と、コロナ禍を機会と捉え投資等によって金融資産を増やしていく世帯との経済格差です。
日本銀行の資金循環統計によれば、2021年3月の家計金融資産額は過去最高の1946兆円を記録したそうです。相変わらず預金,現金の割合が大きいですが、株式や投資信託の割合も増えています。これからの時代は、みんな一緒に景気が上がったり下がったりするのではなく、個々の世帯の景気感に多様性が出てくる時代となるでしょう。
さてさて、余裕の有る家と余裕の無い家、どんなところに余裕は表れるでしょう?何台もの高級車?天守閣のような屋根の豪邸?・・でも高級車も豪邸もローンが残っているかも知れません。
僕が考えるに、あくまで傾向として、余裕の有る家は、草取りが行き届いていてキチンと片付いている家が多いと感じています。草取りや掃除をローン組んで業者委託している人はいないでしょう。日々草取りや掃除を持続的に行うことができるのは、各種の余裕が有るからでしょう。また、余裕の有る人は、これも傾向として、地域活動や奉仕活動に適度な距離感を保ちながら善意を搾取されることなく関わっていらっしゃる方々が多いように感じます。余裕の無いのに地域のことまで考えられませんから。
正直言って我が家は余裕が有るわけではありません。でも周囲から余裕の無い家と見られるのは嫌です。だから僕は無理して見栄を張って、草取りを一生懸命続けたいと思います。自分もなりたい人がいたならば、その人の真似をするのが良いそうです。
里山は緑豊かなので草もスクスクと元気に育ちます。特に玄関前のように公共の目があるところは、余裕も無いのに見栄を張って草取りしたいと思っています。
ところで、ステイホームによる家計支出の減少額を、今後どのように運用していくかによって、確実に格差が大きくなると僕は予想しています。すなわち、何となく何処かに出費して金融資産が増えない世帯と、コロナ禍を機会と捉え投資等によって金融資産を増やしていく世帯との経済格差です。
日本銀行の資金循環統計によれば、2021年3月の家計金融資産額は過去最高の1946兆円を記録したそうです。相変わらず預金,現金の割合が大きいですが、株式や投資信託の割合も増えています。これからの時代は、みんな一緒に景気が上がったり下がったりするのではなく、個々の世帯の景気感に多様性が出てくる時代となるでしょう。
さてさて、余裕の有る家と余裕の無い家、どんなところに余裕は表れるでしょう?何台もの高級車?天守閣のような屋根の豪邸?・・でも高級車も豪邸もローンが残っているかも知れません。
僕が考えるに、あくまで傾向として、余裕の有る家は、草取りが行き届いていてキチンと片付いている家が多いと感じています。草取りや掃除をローン組んで業者委託している人はいないでしょう。日々草取りや掃除を持続的に行うことができるのは、各種の余裕が有るからでしょう。また、余裕の有る人は、これも傾向として、地域活動や奉仕活動に適度な距離感を保ちながら善意を搾取されることなく関わっていらっしゃる方々が多いように感じます。余裕の無いのに地域のことまで考えられませんから。
正直言って我が家は余裕が有るわけではありません。でも周囲から余裕の無い家と見られるのは嫌です。だから僕は無理して見栄を張って、草取りを一生懸命続けたいと思います。自分もなりたい人がいたならば、その人の真似をするのが良いそうです。
里山は緑豊かなので草もスクスクと元気に育ちます。特に玄関前のように公共の目があるところは、余裕も無いのに見栄を張って草取りしたいと思っています。
![One's Way[ワンズウェイ]の里山暮らし日記 One's Way[ワンズウェイ]の里山暮らし日記](http://www.ne.jp/asahi/ones/way/images/blog_logo_onesway2.gif)










