One’s Way[ワンズウェイ]のブログでは、里山暮らしのあれこれを綴ります。ヘンリー・ デイヴィッド・ソロー の影響を受け、エシカルな暮らしを追求中。薪ストーブを暮らしの核とし、菜園、ガーデニング、サイクリング、ランニングなどを楽しんでします。

■ 初秋といえば by T2017/08/21

立ち向かう存在
朝夕の空気が涼しくなってきた。昨日も陽射しがあったとはいえ、一日外作業ができた。キュウリとトマトの支柱の片付け、カボチャの収穫、トウモロコシやインゲンの種取り、草取り作業等々。ちょっとした気温の変化で外作業のモチベーションと効率が変わる。これからすべき仕事が多くある。薪割りの再開、シシ垣の補強、冬野菜の準備、生産的な仕事に尽きることがない。

初秋。Early Autumn.

初秋という言葉を聞いて思い浮かべるのは、ズバリ、小説『初秋』。ロバート・B・パーカー作の極端な男性誇示ネオハードボイルド小説。パーカーの小説は個人的には好きではない。好きではないというか、正確に言えば飽きてしまった。だが、氏の『初秋』だけは我が家の本棚に残っている。それは何故か。理由は簡単。僕が初めて読んだパーカー氏の小説だったからだ。如何なるジャンクフードでも最初の一口は癖になる。その感覚と似ている。偶然だろうか。『初秋』の主人公スペンサーは食通だが、ひそかにチーズバーガーを好む。

『初秋』のストーリーは、男と少年のストーリー。男が少年に大工仕事を教える、料理の仕方を教える、殴り方を教える、そして行動の仕方を教える。単純である。戒律をもたない人間に戒律を背中で教える。

人間は来るべき厳しい冬の季節にたった一人で入っていかねばならない。その自覚に目覚めるのが初秋という季節なのかもしれない。(『初秋』井上次郎氏の解説より)

写真は、我が家のガラス扉に張付いていたカマキリの子ども。彼も来るべき厳しい冬に一人立ち向かっていかねばならない存在である。

■ 生き残った! by M2017/08/21

シンテッポウユリ
写真は我が家の庭で咲いたテッポウユリです。6月末にイノシシが我が家の庭に入り込み、根こそぎ百合根を食べられました。ですから、ユリのスペースには一本もユリがありません。

種が飛んだのでしょう。種で増えるので、正確にはタカサゴユリとの交配種のシンテッポウユリかもしれません。ユリのスペースから10mほど離れたところにあるコナラの木の根元で咲いていました。家から2mほどしか離れていないので、イノシシは近づけなかったようです。

花のない時期に生き残ったユリの白が庭を明るくしてくれました。