One’s Way[ワンズウェイ]のブログでは、里山暮らしのあれこれを綴ります。ヘンリー・ デイヴィッド・ソロー の影響を受け、エシカルな暮らしを追求中。薪ストーブを暮らしの核とし、菜園、ガーデニング、サイクリング、ランニングなどを楽しんでします。

■ FIXED BIKE BLUES-その3:限られた条件の中で-2017/03/12

今は廃刊となっている『月刊ニューサイクリング』誌の2013年5月号に掲載された作品です。

 

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限られた条件の中で

 

時が流れ、ロードバイクの世界では多段フリー(*1)化、STI変速(*2)、そして電動変速と物凄いスピードで機材が進化し、今も進行中である。部品のコンポーネント化によって、どこか一部を取り替えたいと思っても、全体を一緒に交換しなければパフォーマンスを維持することができない時代になった。

 

③ダイナモ内蔵フロントハブ

一つ一つの部品のコストも以前より高くなってきたようで(正確に言えば、ハイエンドの部品の価格が特に高くなってきていると思う)、一般ユーザーがロードバイクを維持していくだけでも大変になってきた。少なくとも僕はそうである。何か経済のカラクリに個人が翻弄されているような感さえ覚える。

 

そんな状況の中で、ふと僕のフィクスドバイクを眺めれば、それは日進月歩の機材進化の流れに全く取り残された、というよりも変化することを自ら拒み続けてきた、云わばFIXEDな頑固者の姿があった。この頑固者はめっぽうランニングコストが低い。且つメンテナンスが容易で工具も少なく済む。こういうのを「ネオ・シンプル」とでも呼べばよいのだろうか。

 

巷には便利なモノが溢れている。変速機もその一つ。且つ、その便利なものを所有できない立場でもない。欲しいと思えば手に入れることも可能だ。しかし敢えて、積極的に所有しないという姿勢を維持する。そのような意味で「ネオ・シンプル」。

 

20世紀までは、できるだけ多くのモノを所有することが豊かさのスタンダードだったようだ。しかし21世紀の今は違うと思う。これからはモノに束縛されない、モノに振り回されない自由度が豊かさの指標だ。自由(FREE)を感じる具象物が固定ギア(FIXED)というのもパラドックスで面白いと思うんだけど。

④ヘッドおよびフォーク

 

 

フィクスドバイクは、19世紀後半に登場したチェーン使用のセーフティ型自転車以来、駆動システムとしてはほとんど変化していない固定ギアのバイクだ。セーフティ型自転車の発明者であるイギリス人H.J.ローソンは、自身の開発したローソン3号車にBicycletteとフランス語で命名した。これが英単語Bicycleの語源である。

 

世界最大の自転車レースであるツール・ド・フランス黎明期においても、使用されていた自転車は通常、固定ギアで、当然変速機など使用されていない。ツール・ド・フランス創始者のアンリ・デグランジュは「選手は自転車を使ってレースをしているのであって、自転車に使われてはいけない」と言ったそうだ。彼に言わせれば、変速機を使用することは卑怯だということらしい。そして1936年大会まで変速機の使用を禁止していた。既に変速機が世に出回っていたにもかかわらず、敢えてそれを拒み続けたということだ。これこそ「ネオ・シンプル」だ。

⑤バンド止めボトルゲージ

 

ある歴史学者が言っていた。「自身の歴史を忘れた民族は滅ぶ。」

あるサイクリストが言っていた。「原点を忘れた文化は衰退する。」

 

 

あと10数年もすれば僕も頑固爺さんの年金生活に突入する。公的年金には不安を感じるので、自助努力として只今せっせと私的年金の掛け金も支払っている。体力の続く限りは働いて収入を得たいと思っているが(そのためにも、バイクで健康・体力を維持しているのだ)、高齢になっても若かりし頃と同じライフスタイルを望むことはできないし、またそうすべきではない。人生も自転車も限られた条件、限られたギアで生きねばならないのだし、またそうすべきなのだ。


⑥前後ブレーキ

不可避であるエイジングは受容しなくてはいけない。正真正銘、本物のブルーズは懐の深さを前提としているものだ。でも、それでも僕は年老いても、一生、死ぬまで競走用自転車に乗っていたい。日向ぼっこで暖まる老人じゃなく、自ら内燃・発熱する年老いた挑戦者でありたい。何故ならば、人間は哺乳類、自ら体温を保つ恒温動物だからだ。


そんな老年期における自転車ライフを考えると、僕はフィクスドバイクがピッタリなんじゃないかと思う。変速機付きロードバイクは、あまりにも時間の流れもお金の流れも速すぎると思うのだ。身の丈の限られた収入の中で、贅沢をせず、忍耐強く、世間に流されることも少なく(時には流れに身を任せ)、マイペース、マイウェイで、時に昔を懐かしみつつ、モノを大切にし、しかし自分自身との戦いに挑み続け、いろんな意味で無駄な贅肉をそぎ落とした、そして頑なに、自分自身に徹する老人。

 

喩えて言うならばヘミングウェイ作『老人と海』のサンチャゴ翁のような老人。そんな誇りを秘めた老人のコンペティション・バイクには、フィクスドバイクがフィットすると僕は思う。

 

*音楽の一ジャンルとしてのBluesは、わが国では一般的には「ブルース」と表記されているが、正しくはブルーズ(blu:z)である・本稿では筆者の思いを込めて、あえて「ブルーズ」と表記した。

 

▽参考資料

佐野裕二著:自転車の文化史、中公文庫、1988

安家達也著:ツール100話、未知谷、2003

 

 

[用語解説]

*1 多段フリー ギアが複数枚付いていて変速可能のフリーギア

 

*2 STI変速 シマノ・トータル・インテグレーションの略称。自転車パーツメーカーのシマノが開発した、ブレーキレバーで変速も可能のシステム。

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