■ さらばもう一度、アイルランド回帰の旅[僕がCOMPETITION BIKE(競走用自転車)にこだわる理由]-前編その3:Killarney - ― 2017/03/26
今は廃刊となっている『月刊ニューサイクリング』誌の2013年6月号に掲載された作品です。
■ Killarney
交通博物館に展示されていたファウスト・コッピのピストバイク[1995年、キラーニー]
キラーニーという町で、二度目のレンタルバイク。
レンタルバイクの不満な点を挙げるとすれば、シューズとペダルを固定することができないことだ。まあ、ペダルくらいならば日本からマイ・ペダルだけを持参して、現地で交換してもいいんだけど。
ペダルに関して、ショーン・ケリーの話を一つ。彼はビンディングペダルが普及しても、トゥクリップ・ストラップペダル、そしてWレバー変速にこだわっていた。1993年と1994年の現役最後の2シーズンだけは、ビンディングペダル及びデュアルコントロールレバーだったが、彼はメジャープロレーサ集団の中で、オールドスタイルを貫いた最後のレーサーだった。
キラーニー国立公園の中を、レンタルMTBで走った。ダンロー渓谷の最初の上りは石と草のアラン島に似た風景が続いたが、下り始めると渓流と緑豊かな森林の中を走ることになった。ここはアイルランド島の南西部で、落葉樹の多い温帯域にあるのだ。小道にはガードレールや標識も無く、渓流はコンクリートで護岸工事されていない。
木漏れ日の中を走る[1995年、キラーニー国立公園]
朝、B&Bを出発した時は、いかにもアイルランドらしい霧雨が降っていたが、昼近くになると木立の中に木漏れ日が差し込む天気になってきた。途中のクリークで自転車と足を洗った。休憩後、しばらく走ると道に迷い、小さな集落に入り込んだ。辺りは泥炭を燃やした特有の匂いと煙が立ち込めていて、あたかも魔女の森で火あぶりでも行われているかのようだった。おまけに後ろを走っていたイタリア人カップルも巻き添えにしてしまった。
彼らは、道端にいた泣きそうな顔のおじさんに「ボート乗り場はどこか?」を尋ねていた。おじさんはさらに泣きそうな顔をして、何やら答えていた、カップルには通じないみたいだった。彼らは諦めて来た道を急いで戻っていった。
僕はおじさんに言った。
「彼らはボートの時間が迫っていたようですね。」
するとおじさんは、
「ボートの出発時間だって?時間なんて、あそこに立てかけてある錆びた自転車みたいなもんさ。欲しけりゃあげるよ。」(ごめんなさい。僕も聞き取れなかったので、これは完全な想像です。)